ベンサムの道徳と立法の諸原理序説の翻訳
翻訳の問題点
ベンサムの主著『道徳と立法の諸原理序説』(An Introduction to the Principles of Morals and Legislation)は、功利主義の古典として、また近代法思想の出発点として、きわめて重要な作品です。しかし、その翻訳は容易ではありません。原文は難解で、専門用語が多く、文体も複雑だからです。
語彙の選択
翻訳の際にまず問題となるのは、語彙の選択です。ベンサムは、自らの思想を正確に表現するために、多くの場合、既存の単語に新しい意味を与えたり、独自の造語を用いたりしています。たとえば、”utility”、”principle”、”interest”、”community”、”sanction” といった、一見すると平易な単語も、ベンサムは独特の意味合いで使用しています。そのため、翻訳者は、原文の文脈を慎重に分析し、それぞれの単語に最もふさわしい日本語を選び出す必要があります。
文体の再現
ベンサムの文体は、論理的で緻密であると同時に、時に冗長で回りくどいという特徴があります。また、ベンサムは、読者に直接語りかけるような表現や、皮肉や風刺を込めた表現も多用します。翻訳においては、原文の論理構造を正確に再現することが第一義的に重要ですが、同時に、ベンサム特有の文体をも可能な限り再現することが望ましいです。そのためには、原文の構文を忠実に訳出する直訳的な手法と、日本語として自然な表現を心がける意訳的な手法を、適切に使い分ける必要があります。