ベンサムの道徳と立法の諸原理序説の美
ベンサムの道徳と立法の諸原理序説における美の概念
ジェレミー・ベンサムの『道徳と立法の諸原理序説』(1789年) は、功利主義の原則に基づいた倫理学と法哲学の基礎を築いた画期的な著作です。本書において美は、それ自体に内在的な価値を持つものとしてではなく、快楽を生み出すもの、つまり「効用」を持つものとして位置づけられています。
ベンサムは、人間の行動の究極的な動機は快楽の追求と苦痛の回避であると主張し、これを「功利の原則」と呼びました。そして、この原則を道徳と立法の基礎に据え、個人の行為や社会制度を評価する基準としています。
この功利主義の観点からすると、美は快楽を生み出す限りにおいて価値を持つものとなります。美しい絵画や音楽、自然の風景などは、それらを鑑賞することで人々に快楽を与えるため、価値があるとみなされます。
しかし、ベンサムは美を単に主観的な感覚として捉えていたわけではありません。彼は、美を客観的に測定可能なものとして捉えようとし、その尺度として「快楽の強度」「持続時間」「確実性」「近接性」「多産性」「純粋性」「範囲」という7つの要素を提示しました。これらの要素を考慮することで、あるものがどの程度の快楽を生み出すかを計算し、その価値を客観的に評価できるとベンサムは考えていました。
例えば、ある絵画が鑑賞者に強い快楽を与え、その快楽が長く持続し、多くの人に共有され、他の苦痛を伴わない場合、その絵画は高い価値を持つと判断されます。逆に、一時的な快楽しか与えないものや、一部の人にしか理解されないものは、価値が低いとみなされます。
このように、ベンサムの美の概念は、快楽と苦痛を軸とした功利主義の原則に基づいており、客観的な測定と評価を重視している点が特徴です。