## ヘルダーの言語起源論の思索
### 言語起源問題への新たな視点 – ヘルダーの思想
ヨハン・ゴットフリート・ヘルダー(1744-1803)は、18世紀ドイツを代表する思想家の一人であり、言語起源問題についても独自の考察を深めました。彼の主著『人間性歴史の哲学への試み』(1774-1791)において展開された言語起源論は、それまでの議論に新たな視点を提供するものでした。
### ヘルダーの批判 – 神の創造説と動物模倣説への反論
ヘルダーは、当時の主流であった二つの言語起源説、すなわち「神の創造説」と「動物模倣説」を批判的に検討しました。
まず、神の創造説に対しては、人間が神から直接言語を与えられたという考えを、経験的な根拠に欠ける仮説として退けました。言語はあくまでも人間の能力によって生み出されたものであり、神の介入を想定する必要はないと考えたのです。
次に、動物模倣説に対しては、人間が動物の声を模倣することから言語を獲得したという考えを、人間の言語能力の複雑さを説明できないとして拒否しました。動物の鳴き声は感情表現に留まるのに対し、人間の言語は概念や思考を表現できる点で根本的に異なると考えたのです。
### ヘルダーの主張 – 人間固有の能力としての言語
ヘルダーは、言語を人間に固有の能力である「反省(Reflexion)」と「Besonnenheit」(冷静さ、思慮深さ)から生まれるものと捉えました。
「反省」とは、自身の内面や周囲の世界に意識を向ける能力を指します。人間は動物とは異なり、自分自身を客観視し、周りの世界を分析することができます。
「Besonnenheit」とは、外界の刺激に対して冷静に反応し、適切な行動を選択する能力を指します。動物は本能的な反応に支配されますが、人間は状況を判断し、思慮深い行動をとることができます。
ヘルダーは、人間が「反省」によって外界の事物に気づき、「Besonnenheit」によってその事物にふさわしい音声記号を結びつけることで、言語が生まれたと考えました。
### ヘルダーの言語観 – 成長と発展を続ける有機体
ヘルダーは、言語を神から与えられた完成されたものではなく、人間とともに成長し発展していく有機体として捉えました。
言語は、個人の経験や社会の変化に応じて、常に変化し続ける動的なシステムであると考えたのです。そして、言語の多様性は、それぞれの民族の文化や歴史を反映したものであり、それ自体に価値があると見なしました。
ヘルダーの言語起源論は、その後の言語学、哲学、歴史学など様々な分野に大きな影響を与え、言語に対する理解を深める上で重要な役割を果たしました。