ヘルダーの言語起源論の対極
ソシュールの一般言語学講義
ヨハン・ゴットフリート・ヘルダーの『言語起源論』(1772年)は、言語の起源を人間の感情や感覚と結びつけ、言語の自然発生的な進化を論じた著作として知られています。ヘルダーは、言語を神から与えられたものではなく、人間が自らの内面から生み出したものと捉え、その多様性と歴史的な変化を重視しました。
一方、フェルディナン・ド・ソシュールの『一般言語学講義』(1916年)は、ヘルダーの思想とは対照的に、言語を個人の内面や歴史的な変化から切り離し、共時的なシステムとして分析することを提唱しました。ソシュールは、言語を「記号の体系」と定義し、記号とその意味との関係は恣意的であり、社会的な合意によって成り立っていると主張しました。
ソシュールは、言語活動には「ランガージュ(langage)」「ラング(langue)」「パロール(parole)」という三つの側面があるとしました。「ランガージュ」は人間に固有の言語能力全般を指し、「ラング」は特定の言語共同体に共有される言語体系を、「パロール」は個々の発話行為をそれぞれ指します。ソシュールは、言語学の対象を「パロール」や歴史的な変化を伴う「ランガージュ」ではなく、共時的な視点から捉えることができる「ラング」に限定すべきだと主張しました。
ソシュールの言語理論は、20世紀以降の言語学、特に構造主義言語学に多大な影響を与え、言語を歴史的な変化や個人の内面から切り離し、自律的なシステムとして分析する枠組みを提供しました。これは、言語を人間の感情や歴史と密接に結びつけ、その多様性と進化を重視したヘルダーの思想とは対照的な立場といえます。