## プラトンのティマイオスを深く理解するための背景知識
古代ギリシャの宇宙論
古代ギリシャ人は、世界をどのように理解していたのでしょうか。ティマイオスを読む上で、当時の宇宙観を把握することは非常に重要です。彼らの宇宙論は、神話的な説明から徐々に理性的な説明へと移行していきました。初期の宇宙論では、ホメロスやヘシオドスなどの詩人が、神々の活動や系譜を通して世界の起源を説明しました。しかし、紀元前6世紀頃から、タレスやアナクシマンドロスといった哲学者たちが、神話に頼らず、自然現象を理性的に説明しようと試みました。彼らは、万物の根源となるアルケー(ἀρχή)を探求し、水やアペイロン(無限なるもの)などを提唱しました。
ピタゴラス派は、数学的な調和と秩序を重視し、宇宙をコスモス(秩序ある美しい世界)と捉えました。彼らは、天体の運動が数学的な比例関係に従うことを発見し、音楽の調和と宇宙の構造との類似性を見出しました。また、地球が球形であることや、太陽を中心とした宇宙体系を主張するなど、先駆的な考えを持っていました。
エンペドクレスは、土、水、火、風の四大元素と、愛と憎しみという二つの力を導入し、それらの混合と分離によって世界の変化を説明しました。デモクリトスは、原子論を提唱し、万物は分割不可能な原子と空虚から成り立っていると主張しました。これらの多様な宇宙論は、プラトンの宇宙論にも影響を与えています。
プラトンのイデア論
プラトンの哲学の中核を成すイデア論は、ティマイオスの理解にも不可欠です。イデアとは、感覚的な世界を超越した、永遠不変の実在です。例えば、私たちが目にする個々の美しいものは、美しさのイデアの不完全な模倣に過ぎません。イデアは、真の知識の対象であり、感覚的な世界は、イデアの影に過ぎないとプラトンは考えました。
イデア論は、プラトンの宇宙論にも深く関わっています。ティマイオスにおいて、宇宙は、デミウルゴス(創造神)によって、イデアをモデルとして創造されたとされます。デミウルゴスは、善のイデアを模倣し、混沌とした物質に秩序と形を与え、美しいコスモスを創造しました。宇宙は、イデアの秩序を反映した、生きとし生けるものの住処となります。
プラトンの形而上学
プラトンは、感覚的な世界の背後にある、より根源的な実在を探求しました。形而上学において、プラトンは、存在と生成という二つの領域を区別しました。存在は、イデアの世界であり、永遠不変で真の知識の対象となります。生成は、感覚的な世界であり、絶えず変化し、イデアの不完全な模倣に過ぎません。
ティマイオスでは、宇宙は、存在と生成の中間的な存在として描かれています。宇宙は、デミウルゴスによって創造されたため、生成の世界に属しますが、イデアをモデルとしているため、存在の世界にも参与しています。宇宙は、永遠不変ではありませんが、秩序と調和を保ち、生成と消滅を繰り返す中で、一定の構造を維持しています。
プラトンの自然哲学
プラトンは、自然現象を、イデア論と形而上学の枠組みの中で理解しようと試みました。ティマイオスでは、四大元素(土、水、火、空気)が、正多面体と結びつけられています。土は立方体、水は正二十面体、火は正四面体、空気は正八面体に対応します。また、第五の元素であるエーテルは、正十二面体に対応し、天体の構成要素とされます。
プラトンは、これらの正多面体の数学的な性質を通して、自然現象の秩序と調和を説明しようとしました。例えば、四大元素の相互変換は、正多面体の構成要素である三角形の組み換えによって説明されます。プラトンの自然哲学は、数学的な原理に基づいて自然現象を理解しようとする試みであり、近代科学の先駆的な考え方を示しています。
古代ギリシャの医学
古代ギリシャ医学は、プラトンの自然哲学にも影響を与えています。ヒポクラテスは、「医学の父」と呼ばれ、病気の原因を自然現象として捉え、観察と経験に基づいた医学を確立しました。ヒポクラテス派は、人間の体液(血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁)のバランスが健康を保つ上で重要であると考え、体液の不均衡が病気を引き起こすとしました。
プラトンは、ヒポクラテス派の医学思想を取り入れ、ティマイオスにおいて、人間の身体の構造と機能を、四大元素と体液のバランスによって説明しています。また、プラトンは、魂と身体の関係についても考察し、魂が身体を支配し、理性によって情動や欲望を制御することが健康な状態であるとしました。
古代ギリシャの数学
古代ギリシャの数学は、プラトンの哲学に大きな影響を与えました。特に、ピタゴラス派の数学的調和と秩序の思想は、プラトンの宇宙論や自然哲学に深く関わっています。プラトンは、アカデメイア(学園)の入り口に「幾何学を知らぬ者、入るべからず」と書いたと伝えられています。
ティマイオスでは、宇宙の創造や四大元素の説明に、幾何学的な図形や比例関係が用いられています。プラトンは、数学的な秩序こそが真の実在であり、感覚的な世界は、その不完全な模倣に過ぎないと考えていました。プラトンの数学への傾倒は、ティマイオスの理解には欠かせない要素です。
これらの背景知識を踏まえることで、プラトンのティマイオスをより深く理解することができます。ティマイオスは、古代ギリシャの思想や文化を反映した、壮大な宇宙論であり、哲学、科学、宗教など、様々な分野に影響を与えた重要な著作です。
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読書意欲が高いうちに読むと理解度が高まります。