# ブルデューのディスタンクシオンを深く理解するための背景知識

ブルデューの生涯と研究背景

ピエール・ブルデュー（1930-2002）は、フランスの社会学者、人類学者、哲学者です。フランス南西部の農村出身であり、その出自は彼の研究にも大きな影響を与えています。彼は、エコール・ノルマル・シュペリウールで哲学を学び、その後アルジェリア戦争に従軍し、アルジェリアで民族誌的研究を行いました。この経験を通して、彼は植民地支配の構造と文化に対する支配に興味を持つようになります。帰国後、彼はフランスの教育制度や文化、社会階層の構造に関する研究に取り組み、その成果は「再生産」（1970）、「ディスタンクシオン」（1979）、「実践感覚」（1980）などの著作で発表されました。ブルデューの研究は、マルクス主義、構造主義、現象学など、様々な思想の影響を受けていますが、それらを独自の視点で統合し、社会における権力関係や文化、階級の再生産メカニズムを分析するための独自の理論を構築しました。彼の研究は、社会学のみならず、教育学、文化研究、人類学など、幅広い分野に大きな影響を与えています。

文化的再生産論

ブルデューの社会学の中心的な概念の一つに「文化的再生産」があります。これは、社会的な不平等が、経済的な資本だけでなく、文化的な資本や社会関係資本を通じて、世代を超えて再生産されるメカニズムを説明する理論です。ブルデューによれば、支配階級は、自らの文化的な趣味やライフスタイルを「正当な文化」として位置づけ、教育制度や文化機関を通じてそれを普及させることで、自らの優位性を維持・強化しようとします。労働者階級は、支配階級の文化にアクセスする機会が限られているため、教育や社会的地位を獲得することが難しく、結果として社会的な不平等が再生産されます。「文化的再生産」は、「ディスタンクシオン」においても重要な役割を果たしており、社会階層と文化的な趣味の関連性を分析する上で不可欠な概念です。

ハビトゥス

ハビトゥスは、ブルデューの社会学におけるもう一つの重要な概念です。これは、個人の思考、行動、趣味、嗜好などを規定する、無意識的な性向や思考様式を指します。ハビトゥスは、個人が属する社会階層や生活環境によって形成され、その人の世界観や行動パターンに影響を与えます。例えば、支配階級の出身者は、幼い頃から美術館やコンサートに連れて行かれるなど、高度な文化に触れる機会が多いため、芸術に対する高い感受性を身につける傾向があります。一方、労働者階級の出身者は、そのような機会に恵まれないため、芸術に対する関心が低くなる傾向があります。このように、ハビトゥスは、社会階層と文化的な趣味の関連性を理解する上で重要な役割を果たします。「ディスタンクシオン」では、社会階層によって異なるハビトゥスが、どのように文化的な趣味の差異を生み出すのかが詳細に分析されています。

資本

ブルデューは、資本を経済的なものだけでなく、文化的なもの、社会的なものなど、様々な形態で存在すると考えました。

* **経済資本:** 財産、収入などの経済的な資源
* **文化資本:** 学歴、教養、文化的な知識、芸術的な趣味など
* **社会関係資本:** 社会的なネットワーク、コネクション

これらの資本は、相互に変換可能であり、社会的な地位や権力を獲得するために利用されます。例えば、経済資本を持つ人は、高額な教育を受けさせることで、子供に文化資本を蓄積させることができます。また、社会関係資本は、就職や昇進などにおいて有利に働くことがあります。「ディスタンクシオン」では、これらの資本がどのように社会階層の再生産に寄与しているのかが分析されています。

象徴闘争

ブルデューは、社会を、異なる社会集団が、権力や資源、社会的地位をめぐって争う「場」として捉えました。この闘争は、経済的な領域だけでなく、文化的な領域においても行われます。ブルデューは、これを「象徴闘争」と呼びました。象徴闘争とは、文化的な趣味やライフスタイル、言説などを通じて、自らの文化を「正当なもの」として認めさせ、他の文化を貶めることで、象徴的な権力を獲得するための闘争です。例えば、支配階級は、自らの文化的な趣味を「高尚なもの」として位置づけ、労働者階級の文化を「低俗なもの」として貶めることで、自らの優位性を正当化しようとします。「ディスタンクシオン」では、フランス社会における文化的な趣味をめぐる象徴闘争が、社会階層の構造と密接に関連づけられて分析されています。

趣味と社会階層

「ディスタンクシオン」の核心的なテーマは、趣味と社会階層の関連性です。ブルデューは、フランス社会における様々な文化的な趣味（絵画、音楽、料理、スポーツなど）に関する大規模な調査を行い、社会階層によって趣味の嗜好が大きく異なることを明らかにしました。支配階級は、抽象的な絵画やクラシック音楽、高級レストランでの食事など、「高尚な」文化を好みます。一方、労働者階級は、具象的な絵画やポピュラー音楽、家庭料理など、「大衆的な」文化を好みます。ブルデューは、これらの趣味の差異は、単なる個人の好みの問題ではなく、社会階層によって異なるハビトゥスや資本、象徴闘争の結果であると分析しました。

正当な文化

ブルデューは、支配階級が、自らの文化的な趣味やライフスタイルを「正当な文化」として位置づけ、教育制度や文化機関を通じてそれを普及させることで、自らの優位性を維持・強化しようとすると指摘しました。美術館、劇場、コンサートホールなどの文化機関は、支配階級の文化を「正当なもの」として提示し、労働者階級の文化を排除する役割を果たします。また、教育制度においても、支配階級の文化が「教養」として重視され、労働者階級の文化は軽視される傾向があります。このように、「正当な文化」の概念は、文化的な趣味をめぐる象徴闘争において重要な役割を果たし、社会階層の再生産に寄与しています。

ディスタンクシオン

「ディスタンクシオン」とは、フランス語で「区別」「差別化」を意味する言葉です。ブルデューは、支配階級が、自らの文化的な趣味を通じて、他の社会階層との「差異化」を図ることを「ディスタンクシオン」と呼びました。支配階級は、「高尚な」文化を好むことで、自らを「教養のある」「洗練された」存在として演出するとともに、労働者階級の「低俗な」文化から距離を置くことで、自らの優位性を強調しようとします。ブルデューは、「ディスタンクシオン」は、単なる文化的な趣味の問題ではなく、社会的な権力関係を反映した現象であると指摘しました。

文化的多元主義への批判

ブルデューは、文化的な趣味の多様性を肯定的に捉える「文化的多元主義」に対して、批判的な立場をとりました。彼は、文化的多元主義は、文化的な趣味をめぐる権力関係を覆い隠し、社会階層の不平等を正当化するイデオロギーとして機能すると考えました。ブルデューによれば、文化的な趣味は、個人の自由な選択の結果ではなく、社会階層によって規定されたハビトゥスや資本の影響を受けているため、真の意味での多様性は存在しないというのです。彼は、文化的な趣味の差異を単に「多様性」として肯定するのではなく、その背後にある権力関係を批判的に分析することが重要であると主張しました。

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