Skip to content Skip to footer

ブルクハルトのイタリア・ルネサンスの文化の対極

## ブルクハルトのイタリア・ルネサンスの文化の対極

ブルクハルトの「イタリア・ルネサンスの文化」

ヤコブ・ブルクハルトの『イタリア・ルネサンスの文化』(1860年)は、14世紀から16世紀にかけてのイタリアを舞台に、古代ギリシャ・ローマ文化を復興し、近代ヨーロッパ文化の礎を築いたとされる「ルネサンス」という時代概念を確立した記念碑的作品です。ブルクハルトは、ルネサンス期に生きた個人主義的な人間像「万能人」を提示し、芸術、政治、社会、経済など、多岐にわたる分野における変化を総合的に論じました。

ブルクハルトへの批判

しかし、ブルクハルトの主張は、その後の歴史学研究の進展に伴い、様々な批判に晒されることになります。主な批判としては、

* ルネサンスを「暗黒の中世」に対する進歩と捉える進歩史観
* イタリア中心主義的な視点
* 史料の恣意的な解釈による「ブルクハルト的神話」の創造

などが挙げられます。

対極に位置する歴史的名著

ブルクハルトの『イタリア・ルネサンスの文化』の対極に位置する歴史的名著として、以下のような作品が考えられます。

* Johan Huizinga, *The Waning of the Middle Ages* (1919)
* Peter Burke, *The Italian Renaissance: Culture and Society in Italy* (1972)
* Gene Brucker, *Renaissance Florence* (1969)

それぞれの著者の視点

ホイジンガは、『中世の秋』において、14世紀から15世紀にかけての西ヨーロッパ文化を、中世の終焉期特有の「世紀末的な雰囲気」として描きました。これは、ルネサンスを中世からの断絶と捉えるブルクハルトの視点とは大きく異なります。

バークは、『イタリア・ルネサンス』において、社会史、経済史、文化史といった多角的な視点からルネサンスを分析し、ブルクハルトの「万能人」像が一部のエリート層にのみ当てはまる理想像であったことを指摘しました。

ブルッカーは、『ルネサンス期のフィレンツェ』において、フィレンツェの社会構造、経済活動、政治体制などを詳細に分析し、ルネサンス期における社会の複雑さを浮き彫りにしました。

これらの歴史的名著は、ブルクハルトの主張を批判的に検討し、ルネサンスに対するより多角的で複雑な理解を提示しています。

Amazonで詳細を見る

Leave a comment

0.0/5