## フローベールの感情教育のメカニズム
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反復と変奏による幻滅の構造
フローベールの『感情教育』は、主人公フレデリックが様々な恋愛や社会経験を通して成長していく過程を描いています。しかし、この成長は一般的な教養小説に見られるような、理想への上昇や確固たる自我の確立を伴うものではありません。むしろ、フレデリックは幾度となく同じような失敗を繰り返すことで、理想と現実の乖離に直面し、徐々に幻滅へと導かれていきます。
例えば、フレデリックは物語冒頭で人妻であるアルヌ夫人に激しい恋心を抱きます。しかし、身分違いや彼女の冷淡な態度によって、彼の想いは叶うことはありません。その後も、彼は娼婦のロザネットや敬虔な女性マリーなどと関係を持ちますが、そこには常にアルヌ夫人への想いが影を落とし、真の満足を得ることはできません。
このように、『感情教育』では、異なる状況や人物との出会いを経ながらも、フレデリックの空虚な恋愛遍歴が反復して描かれます。この反復は、一見変化しているように見える状況下でも、本質的には何も変わっていないという現実を浮き彫りにし、読者に一種の徒労感を抱かせます。
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細部描写と自由間接話法による意識の浮遊
フローベールは、登場人物の心理描写において、従来の小説に見られたような直接的な感情表現を避け、客観的な細部描写や自由間接話法を多用しています。
例えば、フレデリックがアルヌ夫人と初めて出会う場面では、彼女の容姿や服装、周囲の風景などが事細かに描写される一方、彼の胸の内は直接的には語られません。しかし、読者は、綿密に描写された細部の積み重ねを通して、フレデリックの揺れ動く心情や高まる鼓動を間接的に感じ取ることができます。
また、自由間接話法を用いることで、作者の語り口と登場人物の意識が seamlessly に行き来し、客観的な描写と主観的な感情表現が曖昧な境界線で溶け合います。この手法によって、読者はあたかもフレデリックの意識の中に迷い込んだかのような感覚を覚えるとともに、彼の不安定で移ろいやすい内面をよりリアルに体感させられます。
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歴史と個人の交錯による時代の空虚さ
『感情教育』は、1848年の二月革命とその後の混乱期を背景に、当時のフランス社会における政治や芸術、恋愛といったテーマを描いています。しかし、フレデリックは歴史的な変動に翻弄されながらも、その中心に関わることはなく、傍観者の立場から時代の流れを見つめることしかできません。
彼は、革命の熱狂に一時的には身を投じますが、結局は自分の保身のために運動から離れていきます。また、芸術の世界に憧れを抱きながらも、その才能を開花させることはなく、中途半端な存在に甘んじています。このように、フレデリックは社会や歴史と積極的に関わることなく、空虚な理想と現実の狭間で彷徨い続けます。
彼の姿は、大きな時代のうねりの中で、個人の理想や情熱がいかに無力であるかを象徴しています。そして、歴史と個人の交錯によって浮かび上がる時代の空虚さは、読者に深い虚無感と諦念を抱かせます。
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読書意欲が高いうちに読むと理解度が高まります。