フローベールのボヴァリー夫人と作者
フローベールの生い立ちと時代背景
ギュスターヴ・フローベールは1821年、フランスのルーアンで裕福な外科医の息子として生まれました。当時のフランスは七月革命後の混乱と、産業革命による社会構造の変化の真っただ中にありました。フローベールは幼少期から文学に親しみ、10代の頃から小説を書き始めます。彼はロマン主義の影響を受けながらも、やがてその感情的な表現や理想主義に反発し、客観的で写実的な作風を追求していきます。
ボヴァリー夫人の執筆と出版
フローベールは1849年から「ボヴァリー夫人」の執筆を開始し、5年の歳月をかけて1856年に完成させました。この作品は、ノルマンディーの田舎町を舞台に、平凡な結婚生活に飽き足らず、情熱的な恋愛と華やかな都会生活に憧れる若い人妻エマ・ボヴァリーの悲劇を描いたものです。
作品と作者の距離
フローベールは「ボヴァリー夫人」の執筆において、徹底的な客観性を追求しました。「芸術のための芸術」を掲げ、作者自身の感情や思想を作品に投影することを極力避けました。彼は膨大な資料を読み込み、綿密な取材を重ねることで、当時の社会状況、風俗習慣、登場人物の心理などを克明に描写しました。
社会への影響と裁判
「ボヴァリー夫人」は1857年、「ルヴュ・ド・パリ」誌に連載されると、その写実的な描写と、当時の道徳観に挑戦するような内容が原因で、わいせつ罪で起訴されました。しかし、裁判ではフローベールの弁護側の主張が認められ、無罪となりました。
作者と作品の関係性
フローベールは、エマ・ボヴァリーという人物像について、「ボヴァリー夫人、それは私だ」という言葉を残しています。これは、彼がエマの空想癖や理想主義といった内面的な部分に、自分自身との共通点を見出していたことを示唆しています。しかし、彼は同時に、エマの行動や結末に対しては批判的な視線を向けています。
客観性と感情移入の狭間で
「ボヴァリー夫人」は、作者自身の感情や思想を排した客観的な描写と、登場人物への深い感情移入という、一見相反する要素が共存する作品です。フローベールは、冷徹な観察者として社会や人間の真実を描き出すと同時に、エマの悲劇を通して、人間の虚栄心や幻想の脆さ、そして現実の厳しさを浮き彫りにしています。