フローベールのボヴァリー夫人から学ぶ時代性
当時の社会規範と女性の立場
19世紀フランス、七月王政から第二帝政期にかけての時代。小説『ボヴァリー夫人』は、地方都市ヨンヴィルを舞台に、平凡な生活に飽き足らない美しいエマ・ボヴァリーの悲劇的な人生を描いています。当時のフランス社会は、家父長制や階級社会といった封建的な価値観が根強く残っており、女性の立場は男性に比べて極めて低いものでした。女性の役割は、結婚し、家庭を守り、子供を産み育てることに限定され、経済的な自立や社会進出は許されていませんでした。
エマは、修道院でロマン主義的な文学に傾倒し、情熱的な恋愛や華やかな都会生活への憧憬を募らせていきます。しかし、田舎医師のシャルル・ボヴァリーとの結婚は、彼女の期待を大きく裏切るものでした。平凡な夫との退屈な生活、閉鎖的な田舎社会の息苦しさの中で、エマの心は次第に空虚なものとなっていきます。
エマの悲劇は、当時の社会が女性に押し付けていた抑圧的な価値観と、そこから抜け出そうとする彼女の焦燥がもたらした結果と言えるでしょう。彼女は、ロマン主義文学が描く理想の恋愛を求め、既成の道徳観念や社会規範に反する不倫に走りますが、それは叶わぬ夢であり、破滅へと繋がっていきます。
消費社会の台頭と虚栄心
19世紀半ばのフランスでは、産業革命の影響を受けて資本主義経済が発展し、人々の生活にも変化が現れ始めました。都市部を中心に、百貨店や広告、ファッション雑誌などが登場し、消費が活発化していきました。これは、人々の価値観にも影響を与え、物質的な豊かさや外見の美しさへの関心が高まりました。
エマもまた、消費社会の波に飲み込まれていく一人でした。彼女は、都会の流行や贅沢な品々に強い憧れを抱き、自分の虚栄心を満たすために浪費を重ねていきます。高価な服や装飾品を買い求め、贅沢な暮らしに憧れるエマの姿は、当時の消費社会の空虚さを象徴していると言えるでしょう。
エマの悲劇は、物質的な豊かさを追い求めるあまり、自分を見失い、精神的な充足を得ることができなかったことにも起因しています。彼女は、消費によって一時的な満足感を得ることはできても、心の空虚さを埋めることはできませんでした。
当時の社会に対する批判
『ボヴァリー夫人』は、当時のフランス社会が抱えていた問題点、特に女性の抑圧や消費社会の空虚さを鋭く批判した作品として、発表当時大きな反響を呼びました。フローベールは、エマの悲劇を通して、当時の社会構造や道徳観念に疑問を投げかけています。
エマは、当時の社会の犠牲者であると同時に、自らの欲望に翻弄される弱さを持った人間として描かれています。フローベールは、エマ個人を糾弾するのではなく、彼女をそのような運命に導いた社会状況や人間の弱さを浮き彫りにしようと試みたのでしょう。