フローベールのサラムボーを深く理解するための背景知識
第一部 古代カルタゴとその歴史
ギュスターヴ・フローベールの大作歴史小説「サラムボー」は、紀元前3世紀のカルタゴを舞台に、傭兵の反乱と、それを鎮圧しようとするカルタゴの苦闘、そしてその中で翻弄される人々の愛憎劇を描いています。この作品を深く理解するためには、まず古代カルタゴとその歴史についての知識が不可欠です。
カルタゴは、紀元前814年にフェニキアの都市国家ティルスの人々によって北アフリカの地中海沿岸に建設されました。地中海交易の拠点として繁栄し、強力な海軍力を背景にシチリア島など地中海各地に植民都市を築き、領土を拡大していきました。カルタゴは元々はフェニキアの植民都市でしたが、やがてティルスを凌駕するほどの勢力を持つようになり、西地中海における覇権を握りました。
カルタゴの政治体制は、貴族層による寡頭制でした。元老院と呼ばれる評議会が政治の中枢を担い、行政の長である「スフェス」と呼ばれる役職は2名選出され、任期は1年でした。また、将軍は元老院とは別に選出され、軍事に関する権限を持ちました。カルタゴ社会は、貴族、商人、職人、そして奴隷など、様々な階層で構成されていました。特に、フェニキア人の中でも裕福な商人層が大きな影響力を持っていました。
カルタゴの宗教は、フェニキアの神々を信仰する多神教でした。最高神はバアル・ハモンであり、その妻であるタニットも重要な女神として崇拝されていました。特にタニットは、豊穣や出産、そして月の女神として、人々の生活に深く関わっていました。カルタゴの宗教儀式は、時に生贄を伴う残酷なものだったと伝えられています。特に、子供を生贄として捧げる「モレクへの燔祭」は、ローマ人によって非難され、カルタゴの野蛮さの象徴として描かれることが多かったのです。
カルタゴは、地中海世界における覇権をめぐり、ローマと激しく対立しました。紀元前3世紀から紀元前2世紀にかけて、ローマとカルタゴの間で3度にわたるポエニ戦争が勃発しました。第一次ポエニ戦争ではシチリア島の支配権をめぐり、第二次ポエニ戦争ではハンニバル率いるカルタゴ軍がイタリア半島に侵攻するなど、両国は死闘を繰り広げました。そして、紀元前146年の第三次ポエニ戦争でカルタゴはローマによって完全に滅ぼされ、その歴史に幕を閉じました。
第二部 傭兵の反乱と小説「サラムボー」
フローベールの「サラムボー」は、第一次ポエニ戦争終結直後の紀元前241年のカルタゴを舞台としています。この戦争で、カルタゴはローマに敗北し、シチリア島を失いました。さらに、カルタゴは多額の賠償金をローマに支払うことになり、財政は逼迫していました。
カルタゴは、戦争で活躍した傭兵たちに給料を支払うことができず、これが傭兵たちの反乱を招きました。傭兵たちは、マートーというリビア人の指揮官と、スパルタ人の脱走兵であるスパルタクスを指導者に、カルタゴに対して反旗を翻しました。彼らはカルタゴ近郊の都市を占領し、カルタゴを包囲しました。
「サラムボー」は、この傭兵の反乱を背景に、カルタゴの将軍ハミルカルの娘であるサラムボーと、傭兵の指導者マートーとの愛憎劇を描いています。サラムボーは、カルタゴの守護神タニットの神官であり、その美しさは人々を魅了しました。マートーは、サラムボーに恋焦がれ、彼女を手に入れるために行動を起こします。
小説では、傭兵たちの野蛮さと残虐性、そしてカルタゴの貴族たちの腐敗と堕落が描かれています。また、サラムボーとマートーの悲劇的な愛、そしてハミルカルの知略と冷酷さなど、様々な人間模様が展開されます。
フローベールは、膨大な資料を元に、古代カルタゴの社会、宗教、風俗などを詳細に描写しています。彼の緻密な描写は、読者を紀元前3世紀のカルタゴへと誘い込み、傭兵の反乱という歴史的事件を、臨場感あふれる物語として体験させてくれます。
「サラムボー」を深く理解するためには、古代カルタゴの歴史、特に傭兵の反乱についての知識が不可欠です。また、カルタゴの宗教、社会構造、そして登場人物たちの背景などを理解することで、この作品の複雑な人間模様や、フローベールが込めたメッセージをより深く読み解くことができるでしょう。
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読書意欲が高いうちに読むと理解度が高まります。