## フッサールのヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学の思想的背景
フッサールの危機意識と当時の時代背景
エドムント・フッサールが『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』（1936年）を著した時代、ヨーロッパは深刻な危機に直面していました。第一次世界大戦の惨禍は、それまでのヨーロッパ社会を支えていた合理主義や進歩史観といった近代的価値観を大きく揺さぶり、人々の間に精神的な空白と虚無感を蔓延させていました。
自然科学の成功と限界
19世紀後半から20世紀初頭にかけて、自然科学は目覚ましい発展を遂げました。ニュートン力学を基礎とする古典物理学は、あらゆる自然現象を統一的に説明できるかに見え、ダーウィンの進化論は生命の起源と進化の謎を解き明かそうとしていました。こうした自然科学の成功は、客観的な観察と実験、そして数学的な法則に基づく合理的な思考こそが世界を理解する唯一の道であるという「科学主義」的世界観を生み出しました。
しかし、フッサールは自然科学の成功がもたらした「世界像の数学化」が、人間の生の意味や価値、そして文化や歴史といった精神的な側面を軽視する傾向を生み出したと批判しました。自然科学は確かに客観的な世界認識を提供しますが、それはあくまでも世界の一側面に過ぎず、人間の生の意味や価値といった問題には答えることができないからです。
実証主義と歴史主義の台頭
19世紀後半には、コントによって提唱された「実証主義」が大きな影響力を持つようになりました。実証主義は、確実な知識は感覚経験に基づいた事実の積み重ねによってのみ得られると主張し、形而上学や倫理学といった伝統的な哲学の領域を無意味なものと見なしました。また、ディルタイやランケといった歴史主義者たちは、自然科学とは異なる独自の解釈学的・記述的な方法によって歴史や文化を理解しようとしました。
フッサールは、実証主義が科学の客観性を絶対視するあまり、人間の主観的な経験や意識の役割を軽視していると批判しました。また、歴史主義に対しては、歴史や文化を相対化しすぎて、普遍的な真理や価値を認めない傾向があると批判しました。