## フォークナーの響きと怒りの感性
###
時間の歪みと意識の流れ
「響きと怒り」は、伝統的な時系列を逸脱し、登場人物の意識の流れに沿って時間が錯綜する構成を持つ作品です。フォークナーは、過去と現在を自由に行き来することで、登場人物たちの内面世界を深く描き出し、時間に対する主観的な経験を浮き彫りにしています。
ベンジーの章では、彼の障害によって客観的な時間軸が崩壊し、断片的な記憶が感覚的なイメージと共に押し寄せます。クェンティンは、過去に囚われ、現在を生きることを拒否するように、時間の中に閉じ込められています。ジェイソンは、現実主義者でありながら、過去の出来事に縛られ、復讐心に駆られます。それぞれの章で異なる時間感覚が用いられることで、読者は登場人物たちの心理状態に入り込み、彼らの不安定な内面世界を体感します。
###
崩壊する南部の伝統と喪失感
南北戦争後の没落した南部の貴族社会を舞台に、「響きと怒り」は、伝統的な価値観の崩壊と、それに伴う登場人物たちの喪失感を描き出しています。かつての栄光を失ったコンプソン家は、精神的な支柱を失い、崩壊の一途を辿っています。
ベンジーは、コンプソン家の純粋さを象徴するキャディに執着しますが、彼女の堕落によって精神的な支えを失い、絶望の淵に突き落とされます。クェンティンは、過去の南部の理想像に固執し、現実とのギャップに苦悩します。ジェイソンは、物質主義に傾倒することで、精神的な空虚さを埋めようとします。フォークナーは、コンプソン家の崩壊を通して、時代の変化に適応できない南部の悲劇を描くと同時に、普遍的な人間の喪失感と孤独を浮き彫りにしています。
###
人間の複雑さと多面性
フォークナーは、「響きと怒り」において、善悪二元論では捉えきれない人間の複雑さと多面性を描き出しています。登場人物たちは、それぞれに欠点や矛盾を抱え、理想と現実の狭間で葛藤します。
キャディは、奔放な行動で家族に不幸をもたらしますが、一方で純粋さや愛情を垣間見せます。クェンティンは、過去の理想に固執するあまり、現実を見失い、悲劇的な結末を迎えます。ジェイソンは、冷酷で利己的な人物として描かれますが、彼なりに家族を支えようとする一面も持ち合わせています。フォークナーは、登場人物たちの内面を深く掘り下げることで、彼らの行動の裏にある心理や動機を浮き彫りにし、人間存在の複雑さを描き出しています。