フォークナーの響きと怒りに描かれる個人の内面世界
物語の多声的構造と内面描写
ウィリアム・フォークナーの『響きと怒り』は、その複雑な物語構造と多声的な語り口で知られています。作品は異なる登場人物の視点を通じて語られ、それぞれの視点が個々の内面世界を深く掘り下げています。特にベンジー、クエンティン、ジェイソン、そしてディルシーの視点から描かれることで、読者は彼らの心理的な葛藤や感情の揺れを直接体験することができます。
ベンジーの視点では、知的障害を持つ彼の混乱した内面が描かれ、時間の感覚の不連続性が強調されます。一方、クエンティンの視点は、彼の自殺に至るまでの精神的な崩壊と、南部の伝統や家族の名誉に対する強い執着が中心となります。ジェイソンの視点は、彼の冷酷で計算高い性格が浮き彫りにされ、彼の内面の苦悩と憎悪が描かれます。そして、ディルシーの視点は、彼女の強い信仰心と家族を守るための決意が強調されます。
時間と記憶の崩壊
『響きと怒り』は時間の流れが直線的でないことが特徴であり、これは登場人物の内面世界を反映しています。特にベンジーの章では、過去と現在が混在し、彼の意識の中では時間が一つの連続した流れとして存在しないことが明らかになります。これは彼の精神状態を象徴するものであり、彼の内面の混乱を強く感じさせます。
クエンティンの章でも、時間の崩壊が重要なテーマとなります。彼は過去の出来事に囚われ、現在の時間を意識することができません。彼の内面的な葛藤と絶望感は、過去の記憶が現在に侵入し、彼の心を蝕む様子を通じて描かれます。これにより、時間と記憶の崩壊が彼の精神的な崩壊と密接に結びついていることが示されます。
家族と個人のアイデンティティ
『響きと怒り』における個人の内面世界は、家族関係と密接に結びついています。コンプソン家の崩壊は、各登場人物のアイデンティティの危機を引き起こし、それぞれの内面世界に深い影響を与えます。特にクエンティンは、家族の名誉と個人のアイデンティティの間で激しく葛藤し、その結果として精神的に追い詰められていきます。
ジェイソンの場合、彼の内面世界は家族への憎悪と自己中心的な欲望によって支配されています。彼の冷酷な行動は、家族との関係がいかに彼の内面世界を形成し、彼のアイデンティティがどれほど歪んでいるかを示しています。ディルシーの視点では、家族を守るための強い意志と信仰心が彼女の内面世界を支えており、彼女の強さと自己犠牲が描かれます。
象徴と内面の反映
フォークナーは象徴的な要素を用いて、登場人物の内面世界を視覚的に表現しています。例えば、ベンジーが持つ花の香りや、クエンティンの時計の音は、それぞれの内面の状態を象徴しています。これらの象徴は、登場人物の感情や心理的な状態を視覚的に示し、読者に彼らの内面世界をより深く理解させる助けとなります。
ベンジーが花の香りに敏感であることは、彼の過去の記憶と現在の出来事が入り混じった混乱した内面世界を象徴しています。一方、クエンティンの時計の音は、彼が時間に囚われ続け、過去に縛られた状態を示しています。これにより、フォークナーは登場人物の内面世界を象徴的に描き出し、読者に深い洞察を提供しています。