## フォークナーの響きと怒りと人間
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崩壊する家族、失われた時間
ウィリアム・フォークナーの小説『響きと怒り』(1929年) は、アメリカ文学史上に燦然と輝く傑作の一つとして、その複雑な構成と人間の深淵を覗き込むようなテーマ性によって、多くの読者を魅了し続けています。
物語の舞台は、20世紀初頭のアメリカ南部ミシシッピ州ヨクナパタウン。かつては栄華を誇ったコンプソン家も、時代の流れとともに没落の一途を辿り、家族は崩壊の危機に瀕していました。 父のジェイソン三世はアルコール中毒に溺れ、母のキャロラインはヒステリックなまでに子供たちに依存し、現実逃避に走る日々を送っています。
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それぞれの視点、それぞれの真実
『響きと怒り』は、コンプソン家の四人の子供たち、ベンジャミン、クエンティン、ジェイソン四世、キャディそれぞれの視点から語られる、独特な構成を持つ小説です。
まず、冒頭に登場するのは、33歳でありながら知能が3歳の子供のままのベンジャミン。彼の語る物語は、時間軸を行き来する断片的で混沌としたものであり、読者は彼の目に映る世界を通して、コンプソン家の過去と現在を断片的に垣間見ることになります。
次に登場するのは、ハーバード大学に通うクエンティン。彼は、南部社会に深く根付いた伝統や価値観、そして家族の崩壊に対する激しい罪悪感と絶望感に苛まれています。彼の章は、ベンジャミンよりも整理された文章で書かれているものの、内面の葛藤が色濃く反映された、情緒的で哲学的な色彩を帯びています。
三人目は、コンプソン家の次男であり、唯一正常な思考を持つジェイソン四世。彼は、家族の没落を冷めた目で見ており、兄や妹たちに対して激しい憎悪を抱いています。彼の章は、皮肉と嘲笑に満ちたシニカルな語り口で綴られ、コンプソン家の悲劇をより一層際立たせる役割を担っています。
そして最後に登場するのは、唯一の娘であるキャディ。彼女は、奔放で自由奔放な性格の持ち主であり、古い価値観に縛られたコンプソン家の中で、異質な存在として描かれています。彼女の章は、他の三人とは異なり、直接的には描かれません。しかし、他の登場人物たちの回想や会話を通して、彼女の存在が物語全体に暗い影を落とすことになるのです。
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人間の愛と喪失、記憶と時間
『響きと怒り』は、家族の崩壊、喪失、記憶、時間といった普遍的なテーマを、複雑な構成と詩的な文章によって描き出した傑作です。フォークナーは、それぞれの視点人物の内面に深く入り込むことによって、人間の意識の流れや、過去と現在が複雑に交錯する様を、圧倒的なリアリティを持って描き出しています。