フォークナーのサンクチュアリと時間
時間と物語構造
ウィリアム・フォークナーの小説『サンクチュアリ』は、時間操作の巧みな使用で知られています。物語は単純な線形的時間軸に沿って進むのではなく、断片的に、しばしば前後して展開されます。この手法により、読者は事件を様々な視点から目撃し、登場人物たちの心理に深く入り込むことを強いられます。
例えば、物語の中心となる事件、テンプル・ドレイクの誘拐と暴行は、当初は断片的にしか語られません。読者は、テンプル自身の視点、噂話、そして他の登場人物たちの回想を通じて、徐々に事件の全体像を把握していくことになります。
時間の歪みと心理的影響
フォークナーは時間を歪めることで、トラウマ、罪悪感、記憶の不確かさといったテーマを探求します。テンプルは暴行の後、時間に対する感覚が歪んでしまい、過去と現在が混濁していきます。彼女の混乱した心理状態は、物語の時間構造そのものに反映されているかのようです。
他の登場人物たちもまた、それぞれの過去に囚われており、時間に対する歪んだ認識を持っています。弁護士のホレス・ベンボウは、過去の失敗にとまり、贖罪を求めています。ブートレガーのポピーは、現在の苦境から逃れるために、幻想と自己欺瞞に浸り、時間の流れから目を背けています。
時間と南部の歴史
『サンクチュアリ』の時間操作は、南部の歴史に対するフォークナーの複雑な視点を反映しているとも解釈できます。物語は、1920年代後半のアメリカ南部を舞台としていますが、登場人物たちの意識は、南北戦争や奴隷制の遺産といった、より古い時代の影を引きずっています。
フォークナーは、過去が決して消えることはなく、現在に暗い影を落とし続けていることを示唆しているかのようです。時間というものは、南部の社会と人々の意識に深く刻まれた傷跡であり、決して癒えることのないトラウマなのです。