フォークナーのアブサロム、アブサロム!に影響を与えた本
ハート・オブ・ダークネス、ジョセフ・コンラッド著
ジョセフ・コンラッドの『闇の奥』は、ウィリアム・フォークナーの『アブサロム、アブサロム!』に多大な影響を与えた作品であり、両作品におけるテーマ的、形式的な類似点を数多く見て取ることができます。コンラッドの中編小説は、語り手が物語を紡いでいくという入れ子状の構造や、植民地主義、人種、階級といった複雑な問題を扱っている点、さらに、人間の心の闇を探求している点などにおいて、フォークナーの作品に大きな影響を与えています。
『闇の奥』では、チャールズ・マーロウという人物が、コンゴ自由国を舞台に、象牙商人のクルツという謎の人物を追跡する冒険譚が描かれています。この作品は、枠物語という形式を採用しており、マーロウがテムズ川に停泊した船の上で、自分の体験を他の登場人物に語っていくという構成になっています。この語り手が何重にも入れ子になっている構造は、『アブサロム、アブサロム!』における、クェンティン・コンプソンやローザ・コールドフィールドといった登場人物たちが、それぞれサトペン家の歴史を語り継いでいく様子とよく似ています。この手法を用いることで、コンラッドとフォークナーは共に、歴史とは客観的なものではなく、むしろそれを語る側の主観や視点によって形成される断片的なものであるということを示唆しているのです。
両作品に共通するもう一つの重要な側面として、植民地主義の遺産というテーマが挙げられます。コンラッドの『闇の奥』では、ヨーロッパ人がアフリカ人に対して行った残虐行為を容赦なく描写することで、植民地主義の搾取と暴力を告発しています。フォークナーの『アブサロム、アブサロム!』においても、アメリカ南部における奴隷制の歴史とその社会、心理に与えた影響を深く掘り下げています。サトペン家の家長であるトーマス・サトペンは、カリブ海で砂糖農園を経営し、莫大な富を築き上げた人物として描かれていますが、その成功の裏には、奴隷制による搾取という暗い過去が隠されています。両作品とも、過去というものの重みに向き合い、それが現在にまで影を落としている様を描いている点が共通しています。
さらに、『闇の奥』と『アブサロム、アブサロム!』は、人間の心の奥底に潜む闇という普遍的なテーマを探求している点でも共通しています。コンラッドの小説では、クルツという人物が、文明社会から隔絶された環境の中で、徐々に野蛮な本性を露わにしていく過程が描かれています。フォークナーの作品では、トーマス・サトペンが、その野心、支配欲、そして近親相姦に対する歪んだ執着によって、自滅の道へと突き進んでいく様子が描かれています。両作品とも、人間の心の闇に光を当て、野心、欲望、そして人種に対する偏見が、いかに容易に人々を破滅に導くのかを描いているのです。
結論として、ジョセフ・コンラッドの『闇の奥』は、ウィリアム・フォークナーの『アブサロム、アブサロム!』に多大な影響を与えた作品です。語り手という手法を用いた複雑な構成、植民地主義というテーマ、そして人間の心の闇を探求している点など、両作品には多くの類似点が見られます。フォークナーは、コンラッドの作品から多くの要素を吸収し、それらを独自の文体と南部ゴシックの伝統と融合させることで、『アブサロム、アブサロム!』という傑作を生み出したと言えるでしょう。