フォークナー「響きと怒り」の形式と構造
ウィリアム・フォークナーの小説『響きと怒り』は、1929年に出版され、アメリカ南部のコンプソン家の衰退と崩壊を描いた作品です。この小説は、その革新的な形式と複雑な構造で高く評価されています。特に、時間の流れを非線形に扱い、異なる視点から物語が語られる点が特徴的です。
非線形の時間構造と多視点の語り
『響きと怒り』は四つの異なるパートから成り立っており、それぞれがコンプソン家の異なる家族のメンバーに焦点を当てています。最初の三つのパートは、それぞれベンジー、クエンティン、ジェイソンというコンプソン家の兄弟の一日を描いており、最後のパートでは家の黒人の召使いであるディルシーが中心となります。これら四つのパートは、異なる時間軸で展開され、それぞれのキャラクターの心理状態や視点が深く反映されています。
ベンジーの章では、彼の知的障害を背景に、彼の感覚と感情が直接的に表現され、時間の概念が非常に曖昧で断片的です。日付や場面が頻繁に飛び、過去と現在が混在することで、ベンジーの心理状態がリアルに描かれています。
クエンティンの章では、彼の深い内省と家族への執着が語られます。彼の物語は1910年の一日を追いながら、彼の過去の記憶や思考が絶え間なく流れる形で描かれています。クエンティンの精神的苦悩と時間に対する執着が、彼の章の複雑な構造を通じて表現されています。
ジェイソンの章は比較的直線的な時間の流れを持ちつつも、彼の独善的で冷酷な性格が強調されます。ジェイソンの視点から見た家族や社会への批判が、彼の章の主なテーマとなっています。
最後のディルシーの章では、彼女と彼女の家族の視点から物語が語られることで、コンプソン家の衰退が外部から如何に見えるかが描かれています。ディルシーの章では、時間と記憶がより明確に整理され、彼女の強さと慈悲が際立っています。
象徴とモチーフの使用
フォークナーは『響きと怒り』で多くの象徴やモチーフを使用しています。たとえば、ベンジーが持つ時計の象徴は、時間の流れと家族の歴史に対する彼の認識を示しています。また、水と死のモチーフはクエンティンの章で顕著であり、彼の死に対する考えと彼の心理的な圧力を表しています。
このように、『響きと怒り』はその複雑な時間構造と多様な語り手の視点を通じて、アメリカ南部の一家の悲劇を多層的に描いています。フォークナーの技巧的な手法は、読者に深い印象を与えるとともに、文学における形式と構造の革新を示しています。