ピンカーの暴力の人類史が描く理想と現実
スティーヴン・ピンカーの著作『The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined』（邦訳：暴力の人類史）は、暴力が歴史を通じて減少してきたという論点に基づいています。ピンカーは統計データを豊富に用いながら、現代が過去どの時代よりも平和であると主張します。この考えは、多くの人が感じる「世界は日々悪化している」という直観に反するものですが、ピンカーはその理由を心理学、社会学、歴史学の観点から解析しています。
暴力の減少の理由
ピンカーは暴力が減少した背後にある複数の要因を指摘しています。その一つが国家の出現と法の支配の確立です。国家による中央集権的な権力は、個人間の報復連鎖を抑え、安定した秩序をもたらすことで暴力を減少させたと説明されます。また、印刷技術の発展が識字率の向上を促し、人々が他者の視点を理解しやすくなったことも、共感の増大とともに暴力の減少に寄与しているとされます。
批判とその反論
一方で、ピンカーの理論は批判も受けています。批判者たちは、現代の暴力データが完全にはカバーされておらず、また文化的な違いや隠れた暴力（例えば、家庭内暴力や心理的な虐待）が適切に評価されていないことを指摘します。さらに、戦争の形態が変化し、国家間の大規模な戦争は減少したものの、小規模な衝突やテロリズムが増えているという見解もあります。これに対してピンカーは、長期的なトレンドとしては明確に暴力が減少していると再確認しており、短期的な変動はその大きな流れを覆すものではないと反論しています。
理想と現実のギャップ
ピンカーの理論は、人類がより平和に向かっているという希望的観測を提供する一方で、現実には未だ解決すべき暴力の問題が多く残されています。例えば、経済的不平等、政治的不安定、文化的対立などが引き続き暴力を生む要因となっており、これらの問題に対する具体的な対策が求められています。また、社会がどのようにして暴力を減少させるかについての理解を深めることも重要であり、ピンカーの著作はその議論を進める一助となるでしょう。
ピンカーの暴力の人類史は、過去から現在に至る暴力の減少をデータに基づいて強調していますが、理想と現実の間にはまだ多くの隔たりが存在します。理論と実際の状況を照らし合わせながら、人類が直面する暴力の問題に対処していくことが求められています。