ピンカーの暴力の人類史が扱う社会問題
戦争
スティーブン・ピンカーは『暴力の人類史』の中で、人類の歴史を通じて戦争がどのように変化してきたかを考察しています。彼は先史時代から20世紀後半にかけての戦争による死者数の減少傾向を指摘し、その理由として国家の台頭、貿易の拡大、人道主義の進展などを挙げています。
ピンカーは、国家は紛争を制度化し、暴力の私的利用を抑制することで、無秩序な暴力の発生率を抑制する効果があったと主張します。また、貿易は国家間の相互依存を促進し、戦争のコストを高めることで平和を促進すると論じています。さらに、人道主義の発展は人命の価値を高め、戦争に対する嫌悪感を醸成してきたと指摘しています。
しかし、ピンカーの戦争に関する見解は、楽観主義に偏っているという批判もあります。彼は戦争による死者数の減少傾向を強調していますが、20世紀には二つの世界大戦を含む未曾有の規模の戦争が発生したことを忘れてはなりません。また、現代社会においてもテロリズムや内戦など、新たな形態の暴力が出現しています。
犯罪
ピンカーは犯罪についても、歴史的に見て減少傾向にあると主張します。彼は中世ヨーロッパにおける暴力犯罪の多さを例に挙げ、近代国家の成立と法の支配の確立が犯罪率の低下に大きく貢献したと論じています。警察や司法制度の整備、教育水準の向上、経済発展などが、人々の生活水準を高め、犯罪に手を染める誘因を減らしてきたと考えられます。
さらに、ピンカーは、近年の犯罪率の低下には、監視カメラの普及や犯罪者に対する刑罰の強化なども影響を与えていると指摘しています。これらの要素が抑止力として働き、犯罪を未然に防ぐ効果を発揮していると考えられます。
しかし、犯罪統計の信頼性や犯罪の定義の変化など、ピンカーの主張に対する反論も存在します。例えば、統計に表れない潜在的な犯罪や、サイバー犯罪などの新たな犯罪形態は、必ずしも減少傾向にあるとは言えません。
差別と不平等
ピンカーは、人種差別、性差別、貧富の格差などの社会問題についても取り上げ、歴史的に見て改善傾向にあると主張します。彼は奴隷制の廃止、女性の参政権獲得、人種隔離政策の撤廃などを例に挙げ、人権意識の高まりや社会運動の成果が差別や不平等を減少させてきたと論じています。
また、グローバリゼーションの進展に伴い、世界的な貧困率は低下傾向にあります。これは経済成長や技術革新が貧困の解消に貢献していることを示唆しています。
しかし、依然として世界には深刻な差別や不平等が存在しています。一部の地域では民族紛争や宗教対立が激化しており、人種差別や宗教差別も根強く残っています。また、経済格差の拡大やジェンダー不平等も深刻な社会問題となっています。ピンカーはこれらの問題を軽視しているという批判もあります。
暴力の将来
ピンカーは、これらの分析に基づき、暴力は今後も減少傾向が続くと楽観的な見通しを示しています。彼は、技術の進歩、経済のグローバル化、人々の理性的な思考の普及などが、暴力を抑制する方向に働く可能性が高いと主張しています。
しかし、ピンカー自身も、この楽観的な見方が保証されたものではなく、新たな脅威が出現する可能性も認識しています。気候変動、核兵器の拡散、テロリズムのグローバル化など、現代社会は新たな課題に直面しており、これらの問題が将来の暴力の行方を左右する可能性もあります.