## ピグーの知識と実践の厚生経済学を深く理解するための背景知識
1.古典派経済学と新古典派経済学
ピグーの厚生経済学を理解するためには、まず彼の思想が根ざす経済学史、特に古典派経済学と新古典派経済学の流れを把握する必要があります。古典派経済学は、アダム・スミスに始まり、労働価値説や自由放任主義を基盤として、市場メカニズムによる資源配分の効率性を強調しました。しかし、貧富の格差の拡大や労働問題などの社会問題に対して、十分な解決策を示せないという限界も抱えていました。
その後、19世紀後半に登場した新古典派経済学は、限界効用理論や均衡分析といった新しい分析手法を導入し、市場における価格形成メカニズムや資源配分についてより精緻な分析を行いました。アルフレッド・マーシャルは、新古典派経済学の代表的な人物であり、需要と供給の均衡分析を通じて価格決定のメカニズムを明らかにしました。
ピグーは、マーシャルの影響を受けつつも、新古典派経済学の枠組みを社会福祉の分析に応用し、厚生経済学という新しい分野を確立しました。彼の厚生経済学は、古典派経済学の自由放任主義的な側面を継承しつつも、市場の失敗による社会福祉の損失を認め、政府による介入の必要性を主張する点で、新古典派経済学とは一線を画しています。
2.功利主義と倫理学
ピグーの厚生経済学は、功利主義の影響を強く受けています。功利主義は、ジェレミー・ベンサムやジョン・スチュアート・ミルによって提唱された倫理思想であり、「最大多数の最大幸福」を追求することを目指します。ピグーは、この功利主義の考え方を経済学に取り込み、社会全体の厚生、すなわち「国民所得」を最大化することを経済政策の目標としました。
ピグーは、「経済的厚生」と「国民所得」をほぼ同義とみなし、その増大を経済政策の究極目標としました。彼は、国民所得は各個人の効用の総和であり、効用は貨幣価値で測定可能であると仮定しました。この仮定に基づき、政府は所得分配や公共財の供給を通じて国民所得を最大化し、社会全体の厚生を高めるべきであると主張しました。
しかし、ピグーの功利主義的なアプローチは、効用の測定可能性や個人間比較可能性といった問題点も抱えています。現代の厚生経済学では、これらの問題点を克服するために、パレート効率性や社会福祉関数といった概念が導入されています。
3.外部経済効果と市場の失敗
ピグーの厚生経済学において、外部経済効果は重要な概念です。外部経済効果とは、ある経済主体の行動が、市場を通さずに他の経済主体の厚生に影響を与えることを指します。例えば、工場の排煙による大気汚染は、周辺住民の健康被害という負の外部経済効果をもたらします。一方、養蜂家のミツバチが周辺の果樹園の花粉を媒介することで果実の収穫量が増加する場合は、正の外部経済効果が発生します。
ピグーは、外部経済効果の存在が市場メカニズムによる資源配分の効率性を損ない、社会全体の厚生を低下させる「市場の失敗」をもたらすと指摘しました。そして、政府は、課税や補助金といった政策を通じて外部経済効果を内部化し、市場の失敗を是正する役割を担うべきであると主張しました。例えば、工場の排煙に対して課税することで、企業に汚染削減を促し、社会全体の厚生を高めることができます。
外部経済効果の概念は、環境問題や公共財の供給など、現代の経済政策においても重要な役割を果たしています。ピグーの分析は、市場メカニズムの限界を明らかにし、政府による介入の必要性を示す上で重要な貢献を果たしました。
4.所得分配と社会正義
ピグーは、国民所得の規模だけでなく、その分配についても深い関心を寄せていました。彼は、功利主義の立場から、所得の限界効用逓減の法則に基づき、所得の不平等は社会全体の厚生を低下させると考えました。所得の高い人よりも所得の低い人の方が、所得の増加によって得られる効用が大きいからです。
そのため、ピグーは、累進課税や社会福祉政策を通じて所得を再分配し、より平等な社会を実現することを提唱しました。しかし、彼は、所得再分配が労働意欲を低下させる可能性も認識しており、そのトレードオフを考慮した上で政策を設計する必要があると指摘しました。
ピグーの所得分配に関する分析は、現代の社会福祉政策や租税政策にも重要な示唆を与えています。特に、格差の拡大が社会問題化する中で、彼の功利主義的なアプローチは、政策立案における倫理的な視点を提供するものです。
これらの背景知識を理解することで、ピグーの厚生経済学の核心に迫り、現代社会におけるその意義をより深く理解することが可能となります。彼の思想は、市場メカニズムの限界と政府の役割、そして社会福祉の向上という現代経済学の重要なテーマを考える上で、貴重な視点を提供するものです。
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