## パーフィットの理由と人格の表現
パーフィットの還元主義
デレク・パーフィットは、著書 “Reasons and Persons” (1984) において、人間のアイデンティティ、道徳、合理性についての従来の見解に挑戦する、還元主義的視点からの議論を展開しました。彼は、「自我」や「人格」といった概念を、心理的つながりや連続性という、より基本的な要素へと還元することを試みました。
パーフィットの還元主義の中心にあるのは、「非同一性の問題」と呼ばれる思考実験です。これは、自身の未来の自己との同一性を疑うことから始まります。例えば、脳手術によって過去の記憶や性格が失われた場合、私たちはもはや「同一人物」と言えるのでしょうか？パーフィットは、このような場合、厳密な意味での「同一性」は成立しないと主張します。
その代わりに、パーフィットは「心理的つながり」と「心理的連続性」という概念を提示します。心理的つながりとは、ある時点における精神状態と、別の時点における精神状態との間の直接的な因果関係を指します。一方、心理的連続性は、一連の心理的つながりによって成り立つ、より緩やかな関係です。
人格の非同一性と道徳
パーフィットは、この還元主義的な人格観に基づいて、道徳についても再考を迫ります。従来の道徳哲学では、「行為主体としての自己」を前提として、責任や義務といった概念が論じられてきました。しかし、パーフィットは、厳密な意味での自己の同一性が否定される場合、従来の道徳の枠組みは成り立たなくなると指摘します。
例えば、将来の自分の行動に対して責任を負うという考え方は、現在の自分と未来の自分が同一人物であるという前提に基づいています。しかし、パーフィットの還元主義によれば、時間的に離れた自己同士は、たとえ心理的に連続していても、完全に同一であるとは言えません。
パーフィットは、このような状況においてもなお、道徳的に意味のある判断を下すことができると主張します。重要なのは、過去の自己と現在の自己、あるいは現在の自己と未来の自己との間に、どのような心理的つながりがあるのかを考慮することです。たとえ厳密な意味での同一性が成立しなくても、過去の自分の行動が現在の自分に影響を与えているように、私たちの行為は、心理的つながりを通じて、未来の自分を含む他者に影響を与える可能性があります。
パーフィットの「理由と人格」は、人間のアイデンティティ、道徳、合理性について、従来の常識を覆すような議論を展開したことで、現代哲学に大きな影響を与えました。彼の還元主義的な視点は、哲学のみならず、心理学、神経科学、法哲学などの分野においても、活発な議論を巻き起こしています。