パムクの私の名は赤が扱う社会問題
西洋化 vs. 東洋化
16世紀末、オスマン帝国。ミニチュア画家として名を馳せる黒が、12年間の亡命生活を終え故郷イスタンブールに帰還する。彼は、叔父の依頼で、西洋の様式を取り入れた書物画の制作に加わることになる。しかし、その矢先、共に制作に携わっていた画家の一人が殺害される。
本作では、西洋化の波に揺れるオスマン帝国を舞台に、伝統的なイスラム美術と、写実性を重視する西洋美術の対立が描かれている。西洋から伝わった写実画法は、神への冒涜だとする伝統的な価値観を持つ画家たちと、西洋の新しい表現方法に惹かれる画家たちの間で葛藤を生み出す。
黒と、彼の幼馴染であり想い人でもあるシェ cures ケレは、西洋化を支持するグループに属している。一方、黒の叔父であり、著名な画家のエンネステ・ベイは、伝統的なイスラム美術の保護を訴える。彼は、西洋の写実主義は、神の創造物を模倣することになり、イスラム教の教えに反すると考えているのだ。
物語が進むにつれて、西洋化と伝統主義の対立は、画家たちの間だけでなく、社会全体に広がっていく。西洋の文化や思想が流入してくることにより、人々の価値観は揺らぎ、社会は混乱と不安に包まれていく。
愛と欲望、嫉妬
黒、シェ cures ケレ、そして黒の従兄弟である美しいシェク レバンは、幼い頃から共に時間を過ごしてきた。黒はシェ cures ケレに恋心を抱いているが、彼女は、黒が12年間の亡命生活を送っていた間に、黒の叔父と結婚し、2人の子供をもうけていた。
黒の帰還により、シェ cures ケレの心は揺れ動く。彼女は、夫であるエンネステ・ベイへの愛情と、黒への変わらぬ想いの間で葛藤する。一方、シェク レバンは、黒の才能とシェ cures ケレへの想いに嫉妬し、彼に敵意を燃やす。
愛と欲望、嫉妬は、登場人物たちの心を複雑に絡み合わせ、物語に緊張感を与える。黒は、シェ cures ケレへの想いを貫き通そうとするが、それがシェ cures ケレを苦しめ、彼女を危険にさらすことになる。
イスラムにおける芸術の役割
イスラム美術、特にミニチュア画は、宗教的な文脈の中で発展してきた。イスラム教では、偶像崇拝が禁じられているため、絵画は、コーランの物語を視覚化したり、宮廷生活を描写したりするために用いられた。
本作では、イスラム美術における神の概念、芸術家の役割、そして絵画の意義が問われる。伝統的なイスラム美術では、芸術家は、神によって創造された世界の美しさを表現する存在とみなされていた。しかし、西洋の写実主義の台頭により、芸術家の役割は、単に現実を模倣することへと変化していく。
黒は、西洋の写実主義に惹かれながらも、伝統的なイスラム美術の精神性を否定することはできない。彼は、西洋と東洋の芸術の融合の可能性を模索し、イスラム美術の新たな地平を切り開こうとする。
パムクは、これらの問題を、サスペンスフルなストーリー展開、魅力的な登場人物、そして美しい文章で描き出す。読者は、16世紀オスマン帝国の文化や社会、そして登場人物たちの複雑な心情に深く引き込まれるだろう。