パムクの「私の名は赤」の思想的背景
西洋と東洋の文化衝突
「私の名は赤」は、16世紀末のオスマン帝国を舞台に、西洋から伝わった細密画の技法と、伝統的なイスラムのミニチュア絵画の様式との対立を描いています。西洋の写実主義の影響を受けた絵師たちは、個性を表現する新しい技法に挑戦しようとしますが、それは神への冒涜とみなされ、伝統的な絵画技法を守る絵師たちとの間で対立が生じます。
芸術の目的と本質
小説は、芸術の目的と本質をめぐる問いを投げかけます。西洋絵画の影響を受けた絵師たちは、芸術とは個性を表現し、現実をありのままに描くことだと考えます。一方、伝統的なイスラム絵画では、芸術は神への賛美であり、現実の世界を写し取るのではなく、精神的な世界を表現するものとみなされています。
愛と嫉妬
物語は、主人公である黒の視点を借りて、愛と嫉妬という普遍的なテーマを探求します。黒は、幼い頃に共に過ごした美しい従姉妹シェキュレに恋心を抱いていますが、彼女には婚約者がいます。西洋から帰国した黒は、12年ぶりにシェキュレと再会しますが、彼女への想いは再燃し、嫉妬に苦しみます。
イスラム神秘主義(スーフィズム)
小説には、スーフィズムの影響が色濃く反映されています。スーフィズムは、イスラム教の神秘主義思想で、神との合一を究極の目的とします。作中では、絵師たちが絵を描く行為を通して、精神的な陶酔状態に入っていく様子が描かれ、スーフィズムにおける神への帰依の過程を暗示しています。