バジョットのイギリス憲政論の対極
イギリス憲法の古典に対する批判
バジョットの『イギリス憲政論』(1884年)は、イギリス憲法の古典的な解釈を提供するものです。バジョットは、イギリス憲法の特徴を、議会主権(議会が最高の権力を持つこと)と責任内閣(内閣が議会に対して政治的に責任を負うこと)の2つの原則に集約しました。彼はまた、イギリス憲法の重要な要素として、君主の役割、政党制、そして世論の重要性を強調しました。バジョットの著作は、20世紀初頭までイギリス憲法の標準的な解釈として広く受け入れられていました。
20世紀におけるイギリス憲法観の変化
しかし、20世紀に入ると、イギリス憲法に対するバジョットの解釈は、いくつかの理由から批判されるようになりました。
第一に、第一次世界大戦後の社会経済の変化によって、政府の役割が拡大し、複雑化しました。その結果、議会は以前のように効果的に政府を監督することが難しくなり、バジョットが重視した議会主権の原則は、現実を反映しなくなってきました。
第二に、司法審査の強化が挙げられます。20世紀後半には、裁判所が政府の行動を審査し、違法と判断した場合には無効にする権限をますます行使するようになりました。これは、バジョットが考えていたよりも、司法権が強力になっていることを示唆しています。
第三に、欧州統合の影響が挙げられます。イギリスは1973年に欧州共同体(EC)に加盟し、その後も欧州連合(EU)への統合を深めてきました。EC/EU法は、イギリス国内法よりも優越するため、議会主権の原則と矛盾する可能性があります。
バジョットの解釈に対する具体的な批判
バジョットの解釈に対する具体的な批判としては、以下のようなものがあります。
* **議会主権の限界**: A.V.ダイシーは、バジョットの著作を高く評価していましたが、議会主権の概念には限界があると主張しました。ダイシーは、議会は政治的な制約を受けるため、あらゆる法律を制定できるわけではないと論じました。たとえば、議会は、国民の大多数が強く反対する法律を制定することは難しいでしょう。
* **内閣の優位**: ジョン・グリッグは、20世紀後半にイギリス政治において内閣が支配的な役割を果たすようになったと主張しました。グリッグによれば、議会は内閣の決定を承認するだけの「ゴム印」と化し、バジョットが想定していたようなチェック・アンド・バランスの機能を果たさなくなっています。
* **憲法の「政治化」**: ヴァーノン・ボグダナーは、イギリス憲法がますます「政治化」していると主張しました。ボグダナーによれば、憲法上の問題は、裁判所ではなく、政府と議会の間の政治的な闘争の対象となっています。
これらの批判は、バジョットの著作が、19世紀後半のイギリス憲法の仕組みを正確に描写しているものの、20世紀以降のイギリス憲法の変化を十分に捉えきれていないことを示唆しています.