## ニーチェの悲劇の誕生が扱う社会問題
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近代社会における理性主義の台頭と、芸術の衰退
ニーチェは、古代ギリシャ社会が、アポロン的な理性とディオニソス的な陶酔の二つの原理の調和の上に成り立っていたと考えていました。アポロン的なものは、秩序、理性、彫刻や建築といった造形芸術を象徴し、一方ディオニソス的なものは、陶酔、混沌、音楽や演劇を象徴します。そして、この二つの原理のせめぎ合いと調和こそが、ギリシャ悲劇を生み出し、人々に生きる活力を与えていたとニーチェは主張します。
しかし、ソクラテス以降の西洋文明は、理性や論理を重視するあまり、ディオニソス的なものを抑圧し、芸術を衰退させたとニーチェは批判します。理性偏重によって、近代社会は、生きる活力を失い、ニヒリズムに陥っているとニーチェは考えたのです。
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文化の没個性化と、真の個性の喪失
ニーチェは、近代社会が、画一的な価値観やモラルを押し付けることで、人々の個性を奪い、没個性的な大衆を生み出していると批判します。合理主義と科学技術の進歩は、確かに物質的な豊かさをもたらしましたが、同時に人々の精神を貧困化させ、画一的な価値観に支配された「末人」を生み出す結果となったとニーチェは考えました。
ニーチェは、真の芸術は、個性の力強い表現を通して、この没個性化に抵抗し、人々に新たな価値観を提示する力を持つと考えていました。しかし、理性主義によって芸術が衰退した結果、人々は、真の個性を発揮する機会を失い、「ニヒリズム」へと向かう危険性を孕んでいるとニーチェは警告します。
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道徳の相対化と、新たな価値創造の必要性
ニーチェは、従来のキリスト教的な道徳が、人間の弱さを肯定し、力への意志を否定するものであると批判し、これを「奴隷道徳」と呼びます。そして、この「奴隷道徳」が、人々を弱体化させ、ニヒリズムへと導くとニーチェは考えました。
ニーチェは、「神は死んだ」と宣言することで、既存の価値観の崩壊を告げ、新たな価値創造の必要性を訴えます。そして、この新たな価値創造を担うのが、芸術であり、芸術によってのみ、人間はニヒリズムを克服し、「超人」へと至ることができるとニーチェは主張します。