ニーチェのツァラトゥストラかく語りきに影響を与えた本
ショーペンハウアー著「意志と表象としての世界」
アルトゥル・ショーペンハウアーの主著「意志と表象としての世界」は、19世紀後半の思想界に大きな影響を与え、フリードリヒ・ニーチェの思想形成にも深い影を落とした書物として知られています。とりわけニーチェの代表作「ツァラトゥストラかく語りき」には、ショーペンハウアー哲学の影が色濃く反映されており、両者の思想的な共通点と相違点を分析することで、「ツァラトゥストラ」の深層に分け入ることができます。
ショーペンハウアーは、「意志と表象としての世界」において、世界の本質を「表象」と「意志」という二つの側面から捉えました。彼によれば、我々が認識する世界は、あくまでも我々の感覚器官を通して捉えられた表象の世界に過ぎず、その背後には、盲目的な衝動として働く「意志」が存在するとされます。ショーペンハウアーは、この「意志」こそが世界の根源的な原理であり、人間を含むあらゆる生命現象はこの「意志」の表れとして解釈しました。
ニーチェは、ショーペンハウアーの思想から多大な影響を受け、特に「世界は意志の表象である」という思想に強く共鳴しました。ニーチェは、ショーペンハウアーと同様に、世界を解釈するための根源的な原理として「力への意志」を掲げ、この「力への意志」こそが、世界の背後にある駆動力であると主張しました。
「ツァラトゥストラかく語りき」において、ニーチェは、超人という新たな人類像を提示し、従来の道徳や価値観の転覆を試みました。ニーチェは、ショーペンハウアーの「意志」の概念を発展させ、「力への意志」こそが、超人へと至るための原動力であると説きました。「ツァラトゥストラ」に登場する「永劫回帰」の思想も、ショーペンハウアーの影響下で形成されたとされています。ショーペンハウアーは、時間と空間を有限な人間の認識による幻想とみなし、真の realidad は時間と空間を超越した「意志」の eterno retorno であると主張しました。ニーチェもまた、「永劫回帰」の思想を通して、有限な生の肯定と、力強く生きることを説いた点で、ショーペンハウアーの影響を読み取ることができます。
ただし、ニーチェはショーペンハウアーの思想をそのまま受け継いだわけではありません。ニーチェは、ショーペンハウアーの厭世的な側面、つまり「意志」の苦悩から逃れるために禁欲と諦観を説いた点については、強く反発しました。ニーチェは、ショーペンハウアーが「意志」を否定的に捉えすぎたとし、「力への意志」を肯定的に捉え直すことで、人生を肯定し、力強く生きることの重要性を説いたのです。
このように、「ツァラトゥストラかく語りき」は、ショーペンハウアーの「意志と表象としての世界」から多大な影響を受けながらも、ニーチェ独自の思想によって昇華された作品と言えるでしょう。