ドライサーのアメリカの悲劇の世界
アメリカの夢の暗部
ドライサーの『アメリカの悲劇』は、20世紀初頭のアメリカ社会を舞台に、貧困層の青年クライド・グリフィスが、野心と欲望に突き動かされ、やがて破滅へと至る様を描いた作品です。この小説は、単なる犯罪小説の枠を超え、当時のアメリカ社会が抱えていた「アメリカの夢」の虚像や社会の矛盾を鋭く告発しています。
社会階級と物質主義
作品では、上流階級の華やかさと貧困層の生活の対比が鮮明に描かれています。クライドは貧しい伝道師の息子として生まれ、幼い頃から貧困と社会からの軽蔑を経験します。一方、裕福な叔父の工場で働くことで上流階級の生活を垣間見たクライドは、その華やかさに憧れ、彼らと同じ世界に属したいと願うようになります。
クライドの置かれた状況は、当時のアメリカ社会が抱えていた深刻な経済格差を反映しています。20世紀初頭、アメリカは産業革命を経て急速な経済成長を遂げていましたが、その一方で貧富の格差は拡大し、多くの人々が貧困に苦しんでいました。クライドの物語は、物質的な豊かさを追い求める「アメリカの夢」が、全ての人々に平等に開かれたものではなく、むしろ社会の矛盾を増幅させる側面を持つことを浮き彫りにしています。
道徳と欲望の葛藤
クライドは、貧困から抜け出すために様々な手段を模索する中で、自らの欲望と道徳観の間で葛藤します。彼は、当初は真面目に働き、成功を夢見ていましたが、上流階級の娘ソンドラと出会い、恋に落ちたことで状況は一変します。
ソンドラは美貌と教養を兼ね備えた、まさに上流階級の象徴と言える存在です。クライドは彼女と結婚することで、自らが望む富と社会的地位を手に入れられると信じます。しかし、クライドには既にロバータという恋人がおり、彼女はクライドの子を身ごもっていました。
クライドは、愛と欲望、そして道徳と責任の間で苦悩します。彼の選択は、当時の社会が個人に課していた厳しい現実を反映しています。貧困から抜け出すためには、時に倫理や道徳を犠牲にしなければならないという残酷な現実が、クライドを追い詰めていくのです。