## トルストイの戦争と平和の比喩表現
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人生という航海の比喩
トルストイは、人生、特に個人の運命や自由意志と歴史のうねりとの関係を描く際に、「航海」の比喩を効果的に用いています。
例えば、アンドレイ公爵は、人生の荒波の中で方向を見失い、理想と現実の狭間で苦悩する姿が、嵐に翻弄される船にたとえられます。彼はナポレオンのような英雄に憧れ、栄光を求めて戦場へと向かいますが、そこで目にした戦争の現実、愛する妻リーザの死、そしてナポレオンへの幻滅を通して、人生における真の幸福とは何かを模索していきます。
一方、ピエール伯爵は、持ち前の純粋さゆえに、さまざまな思想や享楽に流されながらも、航海の途中で幾度となく立ち止まり、自分自身の羅針盤を見つめ直そうとします。彼は、フリーメーソンへの加入、農奴解放への取り組み、そしてナターシャとの出会いといった、人生における転機を通して、自己犠牲と愛の大切さを学び、真の幸福へと近づいていきます。
このように、トルストイは、登場人物たちの人生を「航海」になぞらえることで、彼らが運命の荒波にもまれながらも、それぞれの羅針盤を頼りに、自己探求の旅を続けていく姿を描き出しているのです。
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歴史のうねりを表す比喩
「戦争と平和」では、個人の人生だけでなく、歴史そのものも巨大な力によって動かされている様子が描かれています。トルストイは、歴史のうねりを表現する際に、自然現象や群衆の動きなど、人智を超えた力強いイメージを用いています。
例えば、1812年のロシア戦役におけるナポレオン軍の侵攻は、嵐や洪水といった、抗うことのできない自然の猛威にたとえられています。圧倒的な数のフランス軍がロシアへと押し寄せる様子は、まるで巨大な波が押し寄せるかのように描写され、ロシアの人々は、その圧倒的な力の前になすすべもなく飲み込まれていくのです。
また、戦争に巻き込まれていく人々の姿は、巨大な機械の歯車、あるいは奔流に呑み込まれていく木の葉にたとえられています。個々の意志や努力は、歴史の大きな流れの中では無力であり、人々はまるで運命の糸に操られる操り人形のように、抗う術もなく翻弄されていくのです。
このように、トルストイは、歴史を動かす巨大な力を、人智を超えた自然現象や群衆の力にたとえることで、個人の意志や努力がいかにちっぽけなものであるかを浮き彫りにし、歴史の非情さを描き出しているのです。
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登場人物の心情を表す比喩
トルストイは、登場人物たちの内面世界、特に複雑な心理描写を表現する際に、巧みな比喩を用いています。
例えば、ナターシャの揺れ動く恋心は、春の小川や咲き乱れる花々にたとえられます。彼女は、アンドレイ公爵との婚約中に、アナー톨の誘惑に揺れ動く自分の心を、奔放に流れる小川や、あふれんばかりの花々に重ね合わせ、その美しさと残酷さに翻弄されていくのです。
また、ピエールが真理を求めて苦悩する姿は、迷宮をさまよう旅人にたとえられています。彼は、理想と現実のギャップに苦しみ、宗教や哲学に答えを求めようとしますが、なかなか出口を見つけることができません。彼の心の迷宮は、まさに人生の複雑さを表していると言えるでしょう。
このように、トルストイは、登場人物たちの心情を、自然現象や具体的な物事にたとえることで、読者に登場人物たちの感情をより深く理解させているのです。