## トルストイの戦争と平和が扱う社会問題
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貴族社会の腐敗
トルストイは、当時のロシア貴族社会の空虚で退廃的な側面を容赦なく描いています。作中に登場する貴族たちは、華やかな社交界を舞台に、うわさ話や恋愛沙汰に明け暮れ、贅沢な生活を享受しています。彼らは、自分たちの特権的な立場に疑問を抱くことなく、農民たちの労働によって支えられている現実から目を背けています。
例えば、ピエールが相続した莫大な財産は、彼に何の努力もなしに与えられたものであり、それは多くの農奴の犠牲の上に成り立っていることをトルストイは暗示しています。また、アンナ・パヴロヴナ・シェレール公爵夫人のサロンで行われる社交は、上辺だけの会話や虚栄心に満ちており、登場人物たちの内面の空虚さを浮き彫りにしています。
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戦争の虚妄
ナポレオン戦争を背景に、トルストイは戦争がいかに無意味で残酷なものであるかを訴えかけます。戦場で繰り広げられるのは、英雄的な行為ではなく、混乱と暴力、そして死の恐怖です。兵士たちは、上官の命令に従って機械的に動き、自分たちの意志とは無関係に戦場に駆り出されます。
アンドレイ公爵は、当初はナポレオンのような英雄に憧れ、戦功を立てることを夢見ていましたが、アウステルリッツの戦いを経験し、戦争の空虚さに打ちのめされます。また、ピエールは、ボロジノの戦いに自ら参加することで、戦争の悲惨な現実を目の当たりにします。トルストイは、戦争によって人々の生活が破壊され、精神が蝕まれていく様子を克明に描いています。
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個人と歴史の力関係
トルストイは、歴史という巨大な流れの中で、個人がいかに無力であるかを描きながらも、同時に人間の自由意志の重要性を訴えかけています。登場人物たちは、時代の流れに翻弄されながらも、それぞれの選択によって運命を切り開こうとします。
ピエールは、放蕩生活やフリーメーソンへの傾倒を経て、最終的に農民たちの生活向上に尽力する道を選びます。アンドレイ公爵は、ナターシャとの出会いと別れを通して、愛の大切さを再認識し、戦争で受けた傷が癒えていくのを感じます。トルストイは、歴史のうねりの中で、個人が自らの意志で行動することの意義を問いかけます。
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愛と家族の重要性
混乱と絶望に満ちた世界において、トルストイは愛と家族の力を肯定的に描いています。ロストフ家の温かい家庭は、戦争や社会の混乱に翻弄されながらも、登場人物たちに安らぎと希望を与えます。
ピエールとナターシャ、ニコライとマリアといったカップルは、さまざまな困難を乗り越え、最終的に愛と家庭を築きます。トルストイは、愛と家族こそが、人間の苦悩を癒し、生きる力を与えてくれると信じていたのでしょう。