## トルストイのクロイツェル・ソナタの思索
トルストイが晩年に描いた衝撃作「クロイツェル・ソナタ」は、
ある殺人事件の告白という形式を取りながら、結婚の本質、男女の関係、愛と嫉妬、芸術の意義など、
人間の根源的な問題に鋭く迫る問題作です。
物語は、汽車の中で出会った「私」が、妻を殺害した過去を持つ男ポズドヌイシェフの告白を聞くという形で展開されます。ポズドヌイシェフは、当初は平凡ながらも幸福な結婚生活を送っていましたが、次第に妻への猜疑心と嫉妬に駆られるようになり、ついには衝動的に殺害してしまうに至ります。
ポズドヌイシェフの告白を通して、トルストイは当時の社会における結婚制度や男女間の不平等な関係を批判しています。
当時のロシアでは、結婚は恋愛よりも経済的な安定や社会的な地位を重視した家父長制的な制度でした。女性は男性に従属する存在とみなされ、教育や社会進出の機会も限られていました。ポズドヌイシェフの妻も、夫の所有物のように扱われ、自分の意志や感情を抑圧されていました。
さらに、トルストイは肉欲的な愛と精神的な愛の対比を通して、人間の欲望の葛藤を描いています。
ポズドヌイシェフは、当初は妻に肉体的な魅力を感じて結婚したものの、次第にその関係に虚しさを覚えるようになります。一方、彼は妻と若いヴァイオリニストとの親密な様子に嫉妬心を燃やし、その感情が殺意へと繋がっていきます。
「クロイツェル・ソナタ」は、トルストイ自身の苦悩と葛藤を投影した作品とも言われています。
彼は、自身の結婚生活に悩み、従来の価値観や社会通念に疑問を抱いていました。作品を通して、トルストイは理想の愛、結婚、そして人間のあるべき姿を模索していたのかもしれません。