デカルトの省察に影響を与えた本
セクストゥス・エンペイリコス『ピュロン主義的断片』
古代ギリシャの哲学者セクストゥス・エンペイリコスによって著された『ピュロン主義的断片』は、懐疑主義、特にピュロン主義と呼ばれる学派の思想を体系的にまとめた書物です。この書物は、デカルトの『省察』に深い影響を与えた重要な一冊と言えるでしょう。
『ピュロン主義的断片』は、あらゆる事柄について断定的な判断を避けることを主張するピュロン主義の立場を、具体的な事例や論証を交えながら解説しています。セクストゥスは、感覚、理性、道徳など、様々な分野における知識の不確実性を指摘し、絶対的な真理に到達することは不可能であると論じました。
デカルトは、『省察』において、自らの感覚経験や過去の知識を含む、あらゆるものを疑うことから哲学的探求を始めます。これは、「私は考える、ゆえに私はある」という有名な命題に到達するための重要なステップでした。デカルトのこの徹底的な懐疑の方法は、セクストゥスの影響を強く受けていると考えられます。
セクストゥスは、感覚的経験の相対性や、論理的推論の限界を指摘することで、確実な知識を得ることの難しさを示しました。デカルトもまた、同様の問題意識を抱いていたと考えられます。彼は、夢と現実の区別の難しさや、悪しき霊による欺瞞の可能性を挙げながら、感覚や理性に基づく知識の不確実性を論じています。
ただし、デカルトはセクストゥスのような徹底的な懐疑主義者ではありませんでした。デカルトは、徹底的な懐疑の果てに、「私は考える、ゆえに私はある」という揺るぎない真理を見出しました。この真理を基礎として、神の存在証明や外界の認識へと議論を展開していくのです。
このように、デカルトはセクストゥスの懐疑主義の影響を受けながらも、それを乗り越えようとする試みの中で独自の哲学体系を構築していきました。セクストゥスの『ピュロン主義的断片』は、デカルトの哲学を理解する上で欠かせない一冊と言えるでしょう。