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ダンテの煉獄篇の思想的背景

## ダンテの煉獄篇の思想的背景

### 1.

中世キリスト教的世界観

ダンテの「神曲」は、中世キリスト教的世界観を色濃く反映した作品であり、「煉獄篇」もその例外ではありません。
当時のキリスト教世界では、死後の世界は天国、地獄、煉獄の三つに明確に分けられていました。 地獄は永遠の罰を受ける場所で、天国は神と共にある至福の場所とされていました。
そして煉獄は、生前に罪を悔い改めることなく死んだ者が、浄化のための苦しみを受け、天国へ行くにふさわしい魂となるための場所とされていました。
「煉獄篇」では、ダンテは、この煉獄を舞台に、人間の罪とその償い、そして魂の救済という、キリスト教における重要なテーマを描いています。

### 2.

スコラ哲学の影響

「煉獄篇」には、13世紀に隆盛を極めたスコラ哲学、特にトマス・アクィナスの思想の影響が色濃く見られます。
スコラ哲学は、アリストテレスの哲学をキリスト教神学に取り入れようとした思想運動であり、理性による信仰の理解を目指しました。
トマス・アクィナスは、アリストテレス哲学を援用しながら、人間の理性によって神の
存在や属性を証明しようとしました。

「煉獄篇」においても、煉獄山の構造や罪の分類、浄化の方法などには、スコラ哲学的な合理主義的思考が見て取れます。
例えば、煉獄山は、七つの大罪(傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲)に対応する七つの段丘からなり、それぞれで罪の償いが行われます。
これは、スコラ哲学において重視された、秩序と階層に基づいた世界観を反映しています。

### 3.

ダンテ自身の経験

「煉獄篇」は、単に当時の思想を反映した作品であるだけではなく、ダンテ自身の個人的な経験や思想が反映された作品でもありました。
ダンテは、フィレンツェの政治闘争に巻き込まれ、追放の憂き目に遭いました。
「煉獄篇」の旅は、ダンテ自身の魂の救済の旅を象徴的に描いたものであると解釈されています。

これらの思想的背景を理解することで、「煉獄篇」は、単なる宗教文学を超えた、人間存在の根源的な問題を問いかける深遠な作品として、より深く理解することができます。

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