ソローの「市民の不服従」が関係する学問
政治哲学
ソローの「市民の不服従」は、政治哲学、特に社会契約論と自然権論という二つの主要なテーマに深く関わっています。
まず、社会契約論について考察します。社会契約論は、国家の正当性と個人の権利・義務の関係を説明する理論です。ホッブズ、ロック、ルソーといった思想家が代表的な提唱者として知られています。ソローは「市民の不服従」の中で、個人が国家に対して持つ道徳的な義務について考察し、不正な法律や政策に対して抵抗する権利を主張しています。これは、個人の同意に基づいて国家が成立するという社会契約論の考え方に基づいています。つまり、国家が個人の権利を侵害する場合、個人が政府に従う義務はなくなる、というのがソローの主張です。
次に、自然権論について見てみましょう。自然権論は、人間が生まれながらにして持っている、国家権力によって侵害されない権利を論じるものです。ロックの思想が代表例であり、生命、自由、財産の権利などが自然権として主張されてきました。ソローは、奴隷制やメキシコ戦争といった具体的な問題を取り上げながら、政府の行動が個人の良心や道徳に反する場合、市民はそれに抵抗する義務があると主張しました。これは、人間の尊厳や道徳律といった、国家権力よりも上位に位置づけられる自然権の存在を前提とした議論と言えます。
このように、「市民の不服従」は、社会契約論と自然権論という二つの主要な政治哲学のテーマと密接に関係しています。ソローの主張は、国家と個人の関係、法律の正義、市民の抵抗権など、今日においても重要な政治哲学的問題を提起し続けています。
倫理学
ソローの「市民の不服従」は、倫理学、とりわけ義務論と道徳的ジレンマの観点から考察することができます。
義務論は、行為の正しさは結果ではなく、普遍的な道徳法則への conformity によって決まるとする考え方です。カントの義務論が代表例であり、「汝の意志の máxima が、同時に普遍的な立法の原理となることを欲求しうるような仕方で行動せよ」という定言命法が有名です。ソローは「市民の不服従」の中で、法律に従うことよりも、個人の良心や道徳に従うことを優先するよう訴えています。これは、たとえ大多数の人々が支持する法律であっても、それが個人の道徳的信念に反する場合、抵抗することが道徳的に正しい行為になりえると主張していると言えるでしょう。これは、普遍的な道徳法則に従うことを重視する義務論的な視点と重なります。
道徳的ジレンマは、二つの以上の道徳的価値観が対立し、どちらの価値観に従うべきか選択を迫られる状況を指します。ソローは、「市民の不服従」の中で、市民が直面する道徳的ジレンマを描写しています。具体的には、不正な法律や政策に対して、(1)法律に従い続けるべきか、(2)抵抗するべきか、というジレンマに焦点を当てています。そして、彼は、個人の良心と道徳に基づいて行動することが重要であり、場合によっては、法律に抵抗することが道徳的に正しい選択となりえると主張します。これは、道徳的ジレンマにおいて、個人の良心と道徳に基づいた判断が重要であるという倫理的な視点を提示しています。
このように、「市民の不服従」は、義務論と道徳的ジレンマという二つの倫理学的な観点から考察することができます。ソローの主張は、法律と道徳の関係、個人の良心と行動の自由、そして市民としての責任など、現代社会においても重要な倫理的な問題提起を含んでいます。