ソレルの暴力論に影響を与えた本
ベルクソン『意識に直接与えられたものについての試論』の影響
ジョルジュ・ソレルの主著『暴力論』(1908) は、20世紀初頭のヨーロッパ思想界に衝撃を与えた書物です。社会主義運動における暴力の役割を擁護し、既存の社会秩序を根底から覆す革命の必要性を力説した本書は、後のファシズムや共産主義といった全体主義運動にも影響を与えたと言われています。
ソレルの思想形成に影響を与えた書物は数多くありますが、その中でも特に重要なのが、アンリ・ベルクソンの哲学書『意識に直接与えられたものについての試論』(1889) です。ベルクソンは本書において、人間の意識体験を、空間的に広がりを持つ「量」として捉える伝統的な科学的思考を批判し、時間の中で流れ行く「質」として捉えるべきだと主張しました。
ソレルは、ベルクソンのこの「持続」の概念を社会や歴史の領域へと拡張しました。ソレルにとって、社会や歴史は、理性によって完全に把握できる客観的な「事物」ではなく、絶えず変化し続ける「過程」でした。そして、この過程を動かす原動力こそが、ベルクソンの言う「生の躍動」、すなわち「暴力」であったのです。
ベルクソン自身は、政治的な活動には消極的で、ソレルの暴力論を必ずしも肯定的に評価していたわけではありません。しかし、ソレルはベルクソンの哲学から、既存の社会秩序を批判し、革命の必要性を訴えるための理論的武器を見出したのでした。
具体的には、ベルクソンの以下の点が、ソレルの暴力論に大きな影響を与えたと考えられます。
* **直観の重視**: ベルグソンは、理性による分析的な思考ではなく、対象に直接的に迫る「直観」こそが、生の真実に到達する方法であると主張しました。ソレルは、この直観の概念を、プロレタリアートの階級意識や、革命への情熱といった、理性では捉えきれない心理的な力へと結びつけました。
* **創造的進化**: ベルグソンは、生命は、あらかじめ決められた目標に向かって進むのではなく、環境との相互作用の中で、常に新たな形態を生み出しながら進化していくとしました。ソレルは、この「創造的進化」の概念を社会進化論に適用し、社会主義革命を、過去の社会形態から断絶した、全く新しい社会の創造であると捉えました。
* **閉鎖的モラルと開放的モラル**: ベルグソンは、既存の社会秩序を維持しようとする「閉鎖的モラル」と、新たな価値観を創造しようとする「開放的モラル」を対比しました。ソレルは、この対比を、ブルジョアジーの支配する資本主義社会と、プロレタリアートが創造する未来社会との対比に重ね合わせました。
このように、ソレルの暴力論は、ベルクソンの哲学の影響を色濃く受けています。ソレルは、ベルクソンの思想を独自に解釈し、社会主義革命の理論へと発展させました。そして、このソレルの思想は、後の20世紀の歴史に大きな影響を与えることになったのです。