ソシュールの一般言語学講義の評価
ソシュールの一般言語学講義とは
ソシュールの一般言語学講義は、20世紀の言語学、記号論、ひいては人文科学全体に多大な影響を与えた著作です。
講義録の成立過程と問題点
この講義録は、1906年から1911年にかけてジュネーブ大学で行われたソシュール自身による一般言語学の講義内容を、彼の教え子たちが講義ノートを元に編集し、1916年に出版したものです。 しかし、ソシュール自身は生前この本の出版を望んでおらず、実際に出版されたものを見ていません。そのため、
* 編集過程で教え子たちの解釈や誤解が混入している可能性
* ソシュール自身の最終的な見解を必ずしも反映していない可能性
などが指摘されています。
評価ポイント
このような成立過程の問題点を含みながらも、本書は20世紀言語学の金字塔として高く評価されています。 評価点は多岐に渡りますが、主なものを以下に挙げます。
* **言語の社会性**: ソシュール以前は、言語は個人の頭の中にあるものという考え方が一般的でした。しかしソシュールは、言語は社会全体の共通の財産であり、個人はそれを社会的に受け継いだものであると主張しました。これは「言語の社会性」と呼ばれ、現代言語学の基礎となっています。
* **共時的視点**: ソシュールは、言語を歴史的に変化していくものとして捉える通時的視点だけでなく、ある特定の時点における言語体系を分析する共時的視点の重要性を提唱しました。
* **ラングとパロール**: ソシュールは、言語を抽象的な言語体系である「ラング」と、具体的な発話行為である「パロール」に区別しました。そして、言語学が対象とすべきなのは「ラング」であると主張しました。
* **記号の恣意性**: ソシュールは、言葉とその意味との関係は必然的なものではなく、社会的な合意によって成り立っているものであると主張しました。これは「記号の恣意性」と呼ばれ、記号論の重要な概念となっています。
これらの革新的な概念は、言語学だけでなく、哲学、心理学、人類学、文学理論など幅広い分野に影響を与え、20世紀における構造主義やポスト構造主義といった思想運動の隆盛にも貢献しました。
現代における再評価
近年では、ソシュールの言語理論に対する批判的な検討も進んでいます。
* 例えば、ソシュールは共時的な言語分析を重視しましたが、言語は常に変化し続けるものであり、共時的な視点だけでは捉えきれない側面もあるという指摘があります。
* また、ソシュールの言語理論はあくまでも理論的な枠組みであり、具体的な言語現象を説明するには不十分であるという指摘もあります。
しかし、こうした批判はソシュールの業績を否定するものではありません。ソシュールの言語理論は、その後の言語学研究の出発点となり、現代の言語観を形成する上で重要な役割を果たしてきたことは間違いありません.