## スミスの道徳感情論が扱う社会問題
道徳判断の社会的起源
アダム・スミスの『道徳感情論』は、人間の道徳性の根源を探求し、社会における道徳判断の形成過程を分析した画期的な著作です。スミスは、人間が生まれつき備えている共感能力、すなわち他者の感情を理解し共有する能力に着目し、道徳感情はこの共感能力から生み出されると主張しました。
人間は他者の喜びや悲しみ、怒りや喜びといった感情を、あたかも自分のことのように感じ取ることができます。この共感を通じて、私たちは他者の行動を評価し、道徳的な判断を下すようになるのです。
「公平な観察者」の概念と社会秩序
スミスは、「公平な観察者」という概念を導入することで、道徳判断の客観性を担保しようとしました。私たちは、自分自身の感情だけでなく、社会全体の共通の感覚や規範を内面化することで、偏りのない公平な立場から物事を判断できるようになると考えました。
この「公平な観察者」の視点は、社会秩序の維持にも重要な役割を果たします。私たちは、社会全体の利益と調和を考慮し、自己中心的で衝動的な行動を抑制するようになります。
社会的不平等と道徳感情のジレンマ
スミスは、『道徳感情論』の中で、当時の社会における貧富の格差や階級制度といった社会問題にも目を向けました。彼は、人間は本来、他者の幸福を願う共感能力を持っていると主張する一方で、社会構造がもたらす不平等が、この道徳感情を歪めてしまう可能性を指摘しました。
富裕層は、貧困層の苦しみを理解しづらく、自己中心的で贅沢な生活に走ってしまう傾向があります。一方で、貧困層は、富裕層に対する羨望や憎悪を抱き、社会秩序を乱す可能性も孕んでいます。
市場経済と道徳感情のバランス
スミスは、『国富論』で資本主義の自由競争を擁護したことで知られていますが、『道徳感情論』では、市場経済の進展がもたらす道徳的課題についても考察しています。
競争原理は、人々の利己心を煽り、共感や利他精神といった道徳感情を損なう可能性があります。スミスは、市場経済の健全な発展のためには、道徳教育や宗教、社会規範などを通じて、人々の道徳心を育むことの重要性を強調しました。