ジョイスのダブリン市民の話法
語りにおける自由間接話法の多用
ジョイスは『ダブリン市民』の中で、自由間接話法を巧みに用いることで、登場人物の意識と客観的な描写を融合させています。自由間接話法とは、登場人物の思考や感情を、地の文の中に溶け込ませるように表現する技法です。
例えば、「二人の若者が戸口に立っているのが見えた。一人は彼を知っていた。それはコールマン氏だった。」という文では、「一人は彼を知っていた」という部分は、地の文と登場人物のどちらの視点かはっきりとは示されていません。これは、読者が登場人物の意識の流れに自然と入り込むことを促す効果があります。
詳細な描写と象徴主義
ジョイスは、登場人物の心理状態や社会状況を、詳細な描写と象徴主義を通じて表現しています。特に、ダブリンの街並み、家具、衣服、食べ物などの描写は、単なる背景描写ではなく、登場人物の心情や当時のアイルランド社会の閉塞感を象徴するものとして機能しています。
例えば、「死者たち」に登場する、ガブリエルが泊まるホテルの部屋の描写は、彼の精神的な閉塞感を象徴的に表しています。また、「土くれ」では、主人公の少年が欲しがったプラムが、彼にとって手の届かない理想や憧れを象徴しています。
多様な文体と方言
『ダブリン市民』では、登場人物の年齢、社会的地位、性格などに応じて、多様な文体や方言が使い分けられています。例えば、「イブリン」のイブリンの語り口は、彼女の若さと未熟さを反映して、単純で口語的な表現が多いのが特徴です。一方、「死者たち」のガブリエルの語り口は、彼の教養の高さを示すように、複雑で文学的な表現が多いのが特徴です。
このように、ジョイスは文体や方言を巧みに操ることで、登場人物の個性や心理を描き出すとともに、当時のダブリン社会の複雑な階層構造を浮き彫りにしています。