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ジョイスのダブリン市民の思想的背景

## ジョイスのダブリン市民の思想的背景

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アイルランド国民主義

「ダブリン市民」が執筆された20世紀初頭、アイルランドはイギリスからの独立を求めるナショナリズムの高まりの中にありました。ジョイス自身も若い頃はアイルランド文化復興運動に共感していましたが、その後、その狭隘さや排他性に疑問を抱くようになり、最終的にはアイルランドからの脱出を選択します。「ダブリン市民」には、こうしたアイルランド社会におけるナショナリズムの台頭と、それに対するジョイスの複雑な感情が反映されています。「死者たち」のガブリエル・コンロイは、アイルランド文化を体現しているようでいて、実際にはその表面的な理解に留まっており、真のアイデンティティを確立できていません。これは、当時のアイルランド社会が抱えていた、アイデンティティの模索と、ナショナリズムへの傾倒という問題を象徴していると言えるでしょう。

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ヨーロッパ文化の影響

ジョイスは、アイルランドの伝統や文化にとらわれず、ヨーロッパ大陸の文学や思想にも深く傾倒していました。特に、ヘンリック・イプセンやアルチュール・ランボーなどの近代文学は、彼の作品に大きな影響を与えています。これらの作家の多くは、社会の因習や伝統的な価値観に疑問を投げかけ、個人の自由や自己表現を追求しました。「ダブリン市民」においても、こうしたヨーロッパ近代文学の影響は色濃く見られます。登場人物たちは、それぞれ社会的な束縛や自身の内面に葛藤を抱えており、閉塞的なダブリン社会からの脱出を無意識に望んでいるかのようです。

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リアリズムと自然主義

「ダブリン市民」は、19世紀後半にヨーロッパで流行したリアリズムや自然主義の影響も強く受けています。ジョイスは、ダブリンの街並みや人々の生活を、ありのままに、客観的に描写することに努めました。登場人物たちは、社会的地位や職業も様々であり、それぞれの立場から見たダブリンの現実が描かれています。また、人間の欲望や本能、社会の矛盾や不条理なども、赤裸々に描き出されています。これは、当時の社会状況を冷静に分析し、その問題点を浮き彫りにしようとする、ジョイスのリアリズム作家としての姿勢の表れと言えるでしょう。

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カトリック教会の影響

アイルランドは、長年にわたりカトリック教会の影響力が強い国でした。ジョイス自身も、幼少期はカトリックの学校で教育を受けていましたが、成長するにつれて教会の権威主義や偽善性に反発するようになり、最終的には信仰を捨てています。「ダブリン市民」には、こうしたジョイスの複雑な宗教観が反映されています。作中には、教会や聖職者を批判的に描いた箇所がいくつも見られる一方、信仰に心の拠り所を求める登場人物たちの姿も描かれています。ジョイスは、カトリック教会がアイルランド社会に及ぼしてきた影響力の大きさを認めつつも、その負の側面にも目を向け、批判的な視点を投げかけています。

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