## シジウィックの倫理学の方法に関連する歴史上の事件
イギリス功利主義の隆盛と批判
ヘンリー・シジウィック(1838-1900)は、19世紀後半のイギリスの哲学者であり、倫理学の分野において多大な影響を与えました。彼の倫理学は、イギリス経験主義と功利主義の伝統に深く根ざしており、特にジェレミー・ベンサムやジョン・スチュアート・ミルの影響を受けています。シジウィックが活躍した時代は、イギリス社会が産業革命による大きな変革を経験し、功利主義が社会改革や政治思想において重要な役割を果たしていました。ベンサムの提唱した「最大多数の最大幸福」という原則は、社会福祉の向上を目指した法制度改革や政策立案の指針として広く受け入れられていました。
しかし、功利主義は倫理的な直観や常識との間に齟齬を生む可能性も孕んでいました。例えば、功利主義は個人の権利を軽視し、少数派の犠牲の上に多数派の幸福を追求することにつながりかねないという批判がありました。また、幸福を唯一の価値基準とする功利主義は、人間の道徳的動機や義務感を十分に説明できないという指摘もありました。シジウィック自身も、功利主義の限界を認識しており、自身の倫理学においてこれらの問題に取り組もうとしました。
ダーウィン進化論の影響
19世紀後半は、チャールズ・ダーウィンの進化論が西洋思想に大きな衝撃を与えた時代でもありました。ダーウィンの『種の起源』(1859年)は、自然淘汰による進化のメカニズムを提示し、人間もまた生物学的な進化の産物であることを明らかにしました。この発見は、人間の道徳性や理性もまた進化の過程で形成されたものであり、絶対的なものではないという考え方を導き出しました。
ダーウィンの進化論は、シジウィックの倫理学にも影響を与えました。シジウィックは、人間の道徳感覚は進化の過程で形成されたものであり、社会生活における協力や相互扶助を促進するために進化してきたと考えたのです。彼は、進化論的な視点を取り入れることで、道徳の起源と発展を自然主義的な枠組みで説明しようとしました。しかし、シジウィックは、進化論が倫理的な相対主義に陥ることを懸念していました。彼は、進化論によって道徳の客観的な基盤が失われるのではなく、むしろ道徳の普遍性を説明する新しい道が開かれると信じていました。
イギリス理想主義の影響と批判的継承
シジウィックが活躍した19世紀後半は、イギリス哲学においては、T.H.グリーンやF.H.ブラッドリーに代表されるイギリス理想主義が台頭してきた時代でもありました。彼らは、ヘーゲルの影響を受け、精神の統一性と理性に基づいた倫理学を主張しました。彼らは、功利主義が個人の権利や社会の共通善を軽視していると批判し、道徳は個人の自己実現と社会の調和を目指すものでなければならないと主張しました。
シジウィックは、イギリス理想主義の思想にも関心を持ち、その影響を一部受け入れました。彼は、功利主義だけでは人間の道徳的経験を十分に説明できないことを認め、道徳には理性に基づいた普遍的な側面も存在すると考えました。しかし、シジウィックは、イギリス理想主義が倫理的な直観や常識を軽視していると批判し、彼らの形而上学的な体系には懐疑的でした。
シジウィックは、功利主義、進化論、イギリス理想主義といった当時の様々な思想潮流と対峙しながら、独自の倫理学を構築しようとしました。彼は、倫理学の基礎付けにおいて、直観と経験の両方を重視する「直観主義的功利主義」を提唱しました。これは、人間の道徳的判断の根底には、自己 evident な道徳原則が存在すると同時に、経験的な知識に基づいて具体的な状況における最善の行動を判断する必要があるという立場でした。