シェリングの人間的自由の本質に影響を与えた本
ヤコブ・ベーメ『アウローラ – 知恵の暁光』の影響
ドイツの神秘主義思想家、ヤコブ・ベーメの主著『アウローラ – 知恵の暁光』は、シェリングの思想、特に人間的自由の本質に関する考察に深い影響を与えた書物として知られています。ベーメは、この作品で、神における善と悪の根源、そして人間の堕落と救済の過程を、独自の神秘体験と象徴体系に基づいて描き出しています。シェリングは、その青年期に本書に深く傾倒し、その影響は彼の初期の思想体系である自然哲学にも色濃く反映されています。
ベーメの思想は、シェリングにいくつかの重要な影響を与えました。第一に、ベーメの「Ungrund（無根拠）」の概念は、シェリングの「絶対者」の概念に大きな影響を与えました。「Ungrund」とは、神の存在すら超越した、根源的な無であり、そこから神自身も生成するとされます。シェリングは、この概念を踏まえ、絶対者を、存在と非存在、意識と無意識を包括する根源的な統一として捉えました。
第二に、ベーメの「自由意志」に関する思想は、シェリングの人間観に大きな影響を与えました。ベーメは、人間の自由意志を、神における善と悪の対立の反映として捉え、人間の堕落は、神から離れて自己中心的な意志に陥った結果であるとしました。シェリングもまた、人間を、自由意志を持つがゆえに、善悪の葛藤を抱えた存在として捉えました。
第三に、ベーメは、神への回帰と救済を、自己放棄と神の意志への服従を通して達成されると説きました。シェリングもまた、人間の真の自由は、自己中心的な意志を克服し、絶対者の意志と一致することによってのみ実現されると考えました。
しかし、シェリングは、ベーメの神秘主義思想をそのまま受け入れたわけではありませんでした。シェリングは、ベーメの思想を、自身の哲学体系に批判的に摂取し、より体系的で論理的な形で展開しようとしました。例えば、シェリングは、ベーメの「Ungrund」の概念を、フィヒテの超越論哲学の方法を用いて、より概念的に明確化しようと試みました。
このように、シェリングの思想、特に人間的自由の本質に関する考察は、ベーメの神秘主義思想の影響を色濃く受けています。ベーメの『アウローラ』は、シェリングに、人間存在の根源的な問題、自由意志と運命、善と悪の対立といったテーマを提起し、その後のシェリングの哲学的探求の重要な出発点を提供しました。