シェイクスピアのマクベスを読む前に
マクベスの歴史的背景
『マクベス』は、11世紀後半から12世紀初頭にかけてスコットランドを統治した実在の王マクベスをモデルにした作品です。しかし、シェイクスピアは歴史的正確さよりも劇的な効果を優先し、史実から逸脱している部分も多いことを念頭に置いておく必要があります。例えば、実際のマクベスは17年間比較的安定した統治を行っていましたが、劇中では冷酷な暴君として描かれています。また、シェイクスピアは当時の王ジェームズ1世の先祖と当たるバンクォーを美化するために、彼の描写にも手を加えています。
当時のイングランドの状況
『マクベス』が初演された1606年は、イングランドにとって激動の時代でした。前年に発生した火薬陰謀事件は、カトリック教徒による国王暗殺未遂事件として人々に衝撃を与え、プロテスタントとカトリックの対立が深まる中、社会全体に不安感が漂っていました。シェイクスピアは、こうした時代背景を踏まえ、野心や権力、罪悪感といった普遍的なテーマを扱い、観客に訴えかけました。
ジェームズ1世と「マクベス」の関係
ジェームズ1世は、スコットランド王ジェームズ6世として1567年からスコットランドを統治した後、1603年にイングランド王に即位しました。彼は魔術や超自然現象に強い関心を持ち、自らも魔術に関する論文を執筆しています。ジェームズ1世は、マクベスと同様にバンクォーの子孫であるとされており、『マクベス』は、王を称え、彼の祖先を称賛する目的で上演されたと考えられています。劇中には、魔女の予言、幽霊の出現など、ジェームズ1世が関心を寄せていた超自然的な要素が数多く登場します。
シェイクスピアの劇作術
『マクベス』は、シェイクスピアの四大悲劇の一つに数えられ、その緊迫感のあるストーリー展開、詩的な言語、深みのある登場人物描写が特徴です。シェイクスピアは、空白詩と呼ばれる韻を踏まない五歩格を巧みに操り、登場人物の心情や劇的な効果を最大限に引き出しています。また、比喩や隠喩、言葉遊びなどを駆使し、多層的な意味合いを表現しています。劇をより深く理解するためには、これらの文学的な技法にも注意を払うことが重要です。
登場人物の関係性
登場人物間の複雑な関係性を理解することは、物語を深く理解する上で重要です。マクベスとマクベス夫人の関係は、劇の中心となるテーマの一つです。当初、マクベス夫人は夫を唆し、王殺しへと駆り立てますが、罪悪感に苛まれるにつれて、二人の関係は崩壊していきます。また、マクベスとバンクォー、マクダフとの関係性、そしてそれぞれの登場人物が運命や自由意志とどのように向き合っていくのかにも注目しましょう。