# シェイクスピアのマクベスを深く理解するための背景知識
1.ジェームズ1世とステュアート朝
シェイクスピアがマクベスを執筆したのは1606年頃とされています。これは、イングランドとスコットランドの王位を兼ねていたジェームズ1世(スコットランド王としてはジェームズ6世)が即位して間もない時期にあたります。ジェームズ1世は、マクベスが題材とするスコットランドの歴史に強い関心を抱いており、自身をバンクォーの子孫と称していました。そのため、マクベスはジェームズ1世への敬意と、王の祖先を称賛する意図をもって書かれたと考えられます。劇中には、魔女による予言やバンクォーの子孫が王位を継承するという描写など、ジェームズ1世を意識したと思われる要素が散りばめられています。また、ジェームズ1世は魔女やオカルトに関心を抱いており、1597年には「ダイモノロジー(悪魔学)」という著作を出版しています。マクベスに登場する魔女たちは、当時の社会における魔女に対するイメージや、ジェームズ1世の関心を反映したものと言えるでしょう。
2.スコットランドの歴史とマクベス王
マクベスは、11世紀に実在したスコットランド王マクベスをモデルとしています。ただし、シェイクスピアの戯曲は史実を忠実に再現したものではなく、劇的な効果のために脚色や改変が加えられています。実際のマクベスは、シェイクスピアの描くような残忍な暴君ではなく、むしろ有能な統治者であったと考えられています。彼は17年間スコットランドを統治し、国内の安定と繁栄に貢献しました。しかし、シェイクスピアは、先行する歴史書である「ホリンシェッド年代記」などを参考に、マクベスを王位への野心に取り憑かれた悪役として描きました。これは、当時のイングランド人にとってスコットランド人が野蛮で未開な存在という偏見があったことや、劇的な効果を高めるための演出であったと考えられます。
3.「ホリンシェッド年代記」の影響
シェイクスピアは、マクベスを含む多くの史劇の題材を、1587年に出版された「ホリンシェッド年代記」から得ていました。この年代記は、イングランド、スコットランド、アイルランドの歴史を網羅した大著であり、シェイクスピアにとって重要な情報源となっていました。マクベスにおいても、登場人物や事件の展開などは、ホリンシェッド年代記の記述に依拠しています。ただし、シェイクスピアは単に年代記の内容をそのまま劇化したのではなく、登場人物の性格や心理描写、劇的な効果を高めるための演出などを加え、独自の解釈を加えています。
4.当時の宗教観と王権神授説
マクベスが書かれた時代は、宗教改革の影響が強く残る時代でした。イングランドではヘンリー8世によってカトリック教会から分離したイングランド国教会が成立し、プロテスタントが主流となっていました。当時の宗教観では、国王は神の代理人として統治を行うという「王権神授説」が広く信じられていました。マクベスがダンカン王を殺害する行為は、神の定めた秩序を乱す大罪として捉えられます。また、劇中には魔女が登場し、超自然的な力によってマクベスの運命を左右します。これは、当時の社会における宗教観や迷信、オカルトへの関心を反映しています。
5.ルネサンス期の思想と人間観
マクベスが書かれた16世紀後半から17世紀にかけては、ルネサンスと呼ばれるヨーロッパ文化の開花期でした。ルネサンス期には、古代ギリシャ・ローマの文化が見直され、人間中心主義的な思想が広まりました。マクベスにおいても、人間の自由意志や野心、罪と罰、運命といったテーマが描かれています。マクベスは、自らの野心のために悪に手を染め、破滅へと向かう悲劇的な人物として描かれています。彼の葛藤や苦悩は、ルネサンス期の人間観を反映していると言えるでしょう。
6.エリザベス朝演劇の特徴
マクベスは、エリザベス朝演劇と呼ばれる、16世紀後半から17世紀初頭にかけてイングランドで隆盛した演劇の代表的な作品です。エリザベス朝演劇の特徴としては、屋外劇場での上演、男女の役割をすべて男性俳優が演じること、舞台装置が簡素であることなどが挙げられます。また、劇の内容は悲劇、喜劇、史劇など多岐にわたり、シェイクスピアの活躍によって黄金時代を迎えました。マクベスは、これらのエリザベス朝演劇の特徴を備えた作品であり、当時の演劇文化を理解する上でも重要な作品と言えるでしょう。
7.復讐劇としてのマクベス
マクベスは、復讐劇の要素も持っています。ダンカン王の息子マルカムやマクダフは、マクベスに殺された父や家族の復讐を果たすために戦います。マクベスは、自らの野心のために犯した罪によって、最終的には復讐の対象となり、破滅へと追い込まれます。復讐劇は、エリザベス朝演劇において人気のあるジャンルであり、マクベスにもその影響が見られます。復讐というテーマは、当時の社会における倫理観や正義、人間の心の闇などを探求する上で重要な役割を果たしていました。
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