シェイクスピアの「間違いの喜劇」の思想的背景
ルネサンス期における人間観
「間違いの喜劇」が書かれた16世紀後半から17世紀初頭にかけてのイングランドは、ルネサンスの影響を強く受けた時代でした。ルネサンス期においては、中世的な神中心主義から人間中心主義へと価値観が転換し、人間の理性や能力が賞賛されました。この人間中心主義的な視点は、「間違いの喜劇」においても重要な役割を果たしています。
劇中では、登場人物たちは超自然的な力や運命に翻弄されるのではなく、自分たちの誤解や思い込みによって混乱に陥ります。これは、人間の理性には限界があり、誤りを犯す可能性があることを示唆しています。しかし同時に、人間は理性的な対話や努力によって、誤解を解き、混乱を収拾する能力も持ち合わせていることを示唆しています。
古代ギリシャ・ローマ演劇の影響
「間違いの喜劇」は、プラウトゥスやテレンティウスといった古代ローマの喜劇作家、特にプラウトゥスの「メナイクモイ」から大きな影響を受けています。これらの作品の特徴は、瓜二つの登場人物による誤解や取り違えを題材とし、ドタバタ劇や風刺を交えながら展開していく点にあります。
シェイクスピアは、これらの古典的な喜劇の形式を踏襲しながらも、登場人物たちの心理描写を深め、より人間味あふれる作品に仕上げています。また、単なる笑いを提供するだけでなく、人間関係や社会における秩序と混乱といったテーマを織り込むことで、奥行きのある作品に仕上げています。