Skip to content Skip to footer

サルトルの弁証法的理性批判の周辺

## サルトルの弁証法的理性批判の周辺

###

執筆の背景

サルトルは、1950年代後半から本格的にマルクス主義と向き合い始めました。彼自身の思想である実存主義とマルクス主義の間には、人間存在の捉え方や歴史観において、大きな隔たりがあると考えられていました。サルトルは、当時のソ連におけるスターリン主義の台頭や、ハンガリー動乱などの出来事を目の当たりにし、マルクス主義の持つ全体主義的な側面や、人間の主体性を軽視する傾向に批判的な立場を取るようになりました。

###

弁証法的理性批判の内容

「弁証法的理性批判」は、サルトルがマルクス主義を独自の視点から解釈し直そうとした試みであり、1960年に第1巻「実践的アンサンブルの理論」、1985年に未完に終わった第2巻「歴史の知性」が出版されました。

第1巻では、人間の「実践」を分析の出発点としています。「実践」とは、人間が目的意識を持って世界に関わり、世界を変革していく活動のことです。サルトルは、人間は常に「希少性」という制約条件の中で生きており、その中でニーズを満たすために実践せざるを得ないと考えました。そして、複数の人間の相互作用として「集団」や「階級」といった社会構造が生成すると論じています。

第2巻では、歴史を人間の「全体化実践」として捉え直す試みが展開されます。しかし、サルトルは歴史を必然的に進歩発展するものとは考えていませんでした。歴史は、人間の自由な実践の結果として、偶然的かつ予測不可能な展開を見せるものだと考えました。

###

評価と影響

サルトルの「弁証法的理性批判」は、マルクス主義に対する独創的な解釈として、現代思想に大きな影響を与えました。特に、人間の主体性と自由を重視する立場から、マルクス主義の持つ決定論的な歴史観を批判した点は、その後の西洋マルクス主義の展開に大きな影響を与えたと言えます。

一方で、難解な文章表現や、サルトル自身の思想の変遷も相まって、その解釈には様々な議論があります。また、未完に終わったこともあり、体系的な理論としての完成度が低いという指摘も存在します。

Amazonで詳細を見る

Leave a comment

0.0/5