サッカレー「バリーリンドン」の形式と構造
ウィリアム・メイクピース・サッカレーによる『バリーリンドン』は、19世紀の英国文学において特異な位置を占める作品です。この小説は、18世紀のヨーロッパを舞台に繰り広げられる赤貧のアイルランド人青年、レディモンド・バリーの波乱に富んだ生涯を追います。形式と構造の面から見ると、サッカレーは伝統的な英雄叙事詩を逆手に取ることで、社会批評と人間心理の洞察を深めています。
語り手と物語の構造
『バリーリンドン』は一人称の語り手によって語られますが、この語り手は主人公バリー自身です。サッカレーはこの語り手を用いることで、自己正当化や自己美化が色濃く反映されたバリーの視点を読者に提示します。この手法は、バリーの信頼性の欠如を暗示しつつ、彼の性格や動機の多面性を掘り下げるのに役立ちます。また、語り手バリーはしばしば読者に直接話しかけることで、物語に没入させると同時に、読者を物語の真実性に疑問を持たせます。
時間と空間の扱い
物語はバリーの若年期から始まり、彼の成長、冒険、そして最終的な没落までを追います。サッカレーは時間を巧妙に操作し、バリーの人生の特定のエピソードを詳細に描き出す一方で、他の期間は速やかに通過します。この非線形な時間の流れは、バリーの人生の特定の選択と出来事が彼の運命にどのように影響を与えたかを強調します。さらに、物語はヨーロッパ全域を舞台にしており、異なる国々の社会的・政治的背景がバリーの冒険に深みを加えています。
風刺と社会批評
サッカレーは『バリーリンドン』を通じて、当時の社会、特に身分制度と社会の虚栄心を風刺しています。バリーの野心的でしばしば非倫理的な行動は、社会的地位を得るためならば何でもするという当時の風潮を象徴しています。サッカレーはバリーの登り詰めるプロセスを通じて、貴族社会の偽善や腐敗を暴露しています。また、バリーが最終的に失墜する様子は、個人の野望がいかに虚しいかを示唆しています。
サッカレーの『バリーリンドン』はその独特な語り手、時間と空間の扱い、そして鋭い社会批評によって、単なる冒険譚を超えた文学的深さを持つ作品となっています。これらの要素が組み合わさることで、読者は18世紀のヨーロッパ社会に対する洞察を得ると同時に、人間性の普遍的な側面を探求する機会を得るのです。