サガンの悲しみよ、こんにちはに影響を与えた本
マルセル・プルースト著「失われた時を求めて」
フランソワーズ・サガンの鮮烈なデビュー作「悲しみよ、こんにちは」は、そのセンセーショナルな内容でたちまち注目を集めましたが、その洗練された文体や心理描写は、文豪マルセル・プルーストの影響を強く受けていると言われています。特にプルーストの代表作である「失われた時を求めて」は、サガン自身も愛読していたことが知られており、その影響は計り知れません。
「失われた時を求めて」は、語り手である「私」の幼少期から青年期までの記憶を辿りながら、時間と記憶、愛と喪失といった普遍的なテーマを壮大なスケールで描いた作品です。プルーストは意識の流れに沿って登場人物たちの内面を深く掘り下げていく独自の文体を確立し、フランス文学に革新をもたらしました。
サガンの「悲しみよ、こんにちは」は、17歳の少女セシルが、奔放な生活を送る父親と、その愛人たちとの間で揺れ動くひと夏を描いた作品です。一見すると、テーマも舞台も異なるように思える両作品ですが、「失われた時を求めて」に見られるような繊細な心理描写や、時間と記憶が織りなす感覚的な世界観は、「悲しみよ、こんにちは」にも色濃く反映されています。
例えば、セシルが過去の出来事を回想する場面では、プルースト的な時間感覚が巧みに用いられ、読者はセシルの内面に深く入り込むことができます。また、セシルを取り巻く大人たちの複雑な恋愛模様や、その中で揺れ動くセシルの心情は、「失われた時を求めて」の登場人物たちの葛藤と重なるものがあります。
サガンは、プルーストの複雑で難解な文体を、より簡潔で現代的な文体に昇華させることで、若者世代にも受け入れられる新たな文学を生み出しました。しかし、その根底には、プルーストから受け継いだ人間心理に対する深い洞察と、美しいフランス語でそれを表現しようとする真摯な姿勢が息づいていると言えるでしょう。