Skip to content Skip to footer

ゲーデルの不完全性定理の対極

ゲーデルの不完全性定理の対極

ヒルベルトのプログラム

ゲーデルの不完全性定理は、数学の基礎を揺るがすものでした。その対極に位置する歴史的名著として、ヒルベルトのプログラムに関する著作群が挙げられます。これは、ダフィット・ヒルベルトが提唱した、数学の無矛盾性と完全性を証明することを目的としたプログラムです。

ヒルベルトは、1900年にパリで開催された国際数学者会議において、有名な「23 の問題」を発表しました。この中で第2の問題は、算術の無矛盾性を証明することであり、これが後のヒルベルトのプログラムへと発展しました。

ヒルベルトのプログラムは、数学を形式的な体系として捉え、その体系内で矛盾が生じないことを証明しようとする試みでした。彼は、数学的証明を記号の有限列に還元し、特定の規則に従って操作することで、全ての数学的真理を導き出すことができると考えていました。

ヒルベルトは、このような形式的な体系を用いることで、数学の無矛盾性と完全性を証明できると信じていました。彼は、「Wir müssen wissen – wir werden wissen.(我々は知らねばならない – 我々は知るであろう)」という有名な言葉を残しています。これは、数学のあらゆる問題には必ず解答が存在するという彼の信念を表しています。

プリンキピア・マテマティカ

ヒルベルトのプログラムと関連して、バートランド・ラッセルとアルフレッド・ノース・ホワイトヘッドの共著『プリンキピア・マテマティカ』(Principia Mathematica)も重要な著作です。彼らは、この壮大な書物の中で、集合論に基づいて数学全体の基礎を構築しようと試みました。

彼らは、数学的真理を論理学の用語に還元し、論理的な推論規則を用いて証明しようとしました。その目標は、数学の定理をすべて、少数の公理と推論規則から導き出すことでした。

『プリンキピア・マテマティカ』は、その厳密さと網羅性において画期的でしたが、非常に難解で、理解できる数学者は限られていました。また、この著作は、数学の基礎を完全に形式化するという目標を達成するには至りませんでした。

Amazonで詳細を見る

Leave a comment

0.0/5