ケルゼンの自然法論と法実証主義の価値
ケルゼンの自然法論批判
ハンス・ケルゼンは、オーストリア生まれの著名な法学者であり、法実証主義の代表的な論者として知られています。彼は、「純粋法学」と呼ばれる独自の法理論を展開し、法と道徳の厳格な分離を主張しました。ケルゼンは、自然法論が法の客観性と自律性を損なうとして、痛烈に批判しました。
ケルゼンによれば、自然法論は、法を道徳や正義といった主観的な価値判断に結びつけることで、法の明確性を曖昧にする危険性があります。自然法論者は、法の存在とその内容を道徳的な基準に基づいて判断しようとします。しかし、道徳的価値観は時代や文化によって大きく異なるため、普遍的な自然法の基準を定めることは不可能です。
さらに、ケルゼンは、自然法論が政治的な恣意性を招きやすいと批判しました。自然法論は、権力者が自らの主張を正当化するために利用される可能性があります。権力者は、自らの政策や行動を「自然法」や「神の意志」に合致するものと主張することで、国民の服従や支持を得ようとするかもしれません。
ケルゼンの法実証主義
ケルゼンは、自然法論の批判と対比的に、法実証主義の重要性を強調しました。法実証主義は、法を、人間の制定する規則体系として捉え、その内容を道徳や正義から独立して理解しようとします。ケルゼンは、「実定法のみが存在する」と主張し、法の妥当性は、その制定過程の妥当性にのみ基づくと考えました。
ケルゼンの法理論の中心概念は、「規範」と「上位規範」です。彼は、法を「規範の階層体系」として理解しました。すべての法的規範は、上位の規範からその妥当性を導き出し、最終的には「基本規範」と呼ばれる究極の規範にたどり着きます。基本規範は、実定法秩序の根拠となる規範であり、それ自体が法的規範ではありません。
ケルゼンの法実証主義は、法の客観性と明確性を確保することを目指しています。法と道徳を分離することで、法は恣意的な解釈や政治的な利用から守られ、法的安定性が保証されます。また、法の妥当性の根拠を明確にすることで、法秩序の正当性と権威を確保することができます。