ケルゼンの自然法論と法実証主義に関連する歴史上の事件
ナチス政権とケルゼン追放
ハンス・ケルゼンは、20世紀の最も影響力のある法学者の一人であり、法実証主義の主要な提唱者として知られています。彼は、法と道徳を明確に分離し、法の妥当性は、その内容ではなく、制定の手続きにのみ依存すると主張しました。
ケルゼンの法哲学は、彼が生まれ育った時代に深く影響を受けています。彼は、オーストリア=ハンガリー帝国の多民族国家で育ち、そこでは、さまざまな文化的・宗教的背景を持つ人々が、異なる価値観や信念を持っていました。このような環境の中で、ケルゼンは、すべての人の道徳的価値観を反映した普遍的な自然法の考えに疑問を抱くようになりました。
ケルゼンが法実証主義を支持するようになった決定的な要因は、1933年のナチス政権の台頭でした。ナチスは、独自の歪んだ道徳観に基づいて、法制度を完全に破壊し、ユダヤ人を迫害するための法律を制定しました。この経験を通して、ケルゼンは、法と道徳を結びつけることの危険性を痛感しました。彼は、道徳的に間違った法律であっても、それが適切な手続きを経て制定されたものであれば、法的拘束力を持つと主張しました。
ニュルンベルク裁判と自然法の復活
第二次世界大戦後、ナチスの戦争犯罪を裁くためにニュルンベルク裁判が開かれました。裁判では、ナチスの指導者たちは、国際法と人道に対する罪で起訴されました。しかし、ナチスが犯した多くの行為は、当時のドイツの法律では合法とされていました。
ニュルンベルク裁判は、法実証主義の限界を浮き彫りにしました。裁判では、法の形式的な妥当性だけでなく、その内容の正義も考慮されました。これは、ケルゼンの法哲学とは相容れないものでした。
ニュルンベルク裁判は、自然法の考え方を復活させるのに役立ちました。人々は、法は道徳から完全に切り離されるべきではなく、人間の尊厳や人権といった普遍的な価値観を反映すべきであると考えるようになりました。
ケルゼンの法実証主義は、ナチス政権の経験とニュルンベルク裁判の影響を受けて、大きな批判にさらされました。しかし、彼の法哲学は、法と道徳の関係についての重要な議論を呼び起こし、現代の法哲学に多大な影響を与え続けています。